嫌味な営業部長
「八菱不動産のシステム更改案件のコンペ、勝ったんだってな」
ランチへ行こうとエレベーターを待っていると、営業部長に声を掛けられた。麗香は姿勢を正して微笑む。
「はい。入念に準備した甲斐がありました」
「さすがだな。一課長も鼻が高いだろう。長田くんの活躍で、今期の目標も115%だって喜んでたよ」
「私だけの力じゃありませんよ。チームで勝ち取った案件です」
「謙虚だな、君は。もっと我を出したって、君の成績ならだれも文句は言わんだろうに」
営業部長は上機嫌に笑う。だがもし女である麗香が強く我を通そうとすれば、眉を顰めるのはこの男だろう。大した実績も上げずに年功序列で部長の椅子に座るこの男は、自分よりも優秀な女の存在に機嫌を損ねる、時代の遺物だ。
「それじゃあ」と去っていった部長を見送り、同僚たちと到着したエレベーターに乗る。25階から地上まで、一気に下っていく満員のエレベーターのなかで、隣の美弥子が声を潜めて話しかけてくる。
「何今の。わざわざ褒めてくるとか、長田さんへの牽制のつもりですかね? あーやだやだ」
「さあ、どうだろう。そんなことしたって無意味なのにね」
麗香は肩をすくめる。
20代後半から営業成績でトップを走り続ける麗香は社内では一目置かれる存在だが、同時に敵も多い。麗香が稼いだ金で出世したくせに、いい身分だ。
「でも、あんなのににこにこしないとやってけないって、ほんとこの会社終わってますよ」
「会社っていうか、社会だよね。……って文句言っても仕方ないし、早く行こ。あの豚カツ、すごい並ぶから」
エレベーターが到着して扉が開く。麗香たちは足早にエントランスを抜けると、涼やかな春の風が2人の髪を揺らす。