カーテンの隙間からマンションの前の夜道をのぞいた麗香は「またいる」と思った。
電信柱の影に男が立っている。きっと麗香がのぞきこむ前は電信柱から身を乗り出し、麗香の部屋を見上げていたのだろう。
男はいわゆるストーカーだ。とはいえ風景と同じで、ただそこにいるだけ。実害はない。何より麗香は男をよく知っている。ストーカーの正体は大学時代の同期である八代孝人だ。
八代とは学部もサークルも同じだった。仲間内でよく飲んでいたし、長期休暇中は旅行に出かけたりもした。酔った悪ふざけでやったポッキーゲームの流れでキスをしたこともある。仲が良すぎてグループのなかで恋愛に発展するようなことはなかったが八代だけは例外で、割と知り合ってすぐのころから麗香に好意を寄せていた。その証拠に麗香は八代から、在学中に3回、社会人になってから2回、告白されている。
麗香が誰かと付き合っているときは自ずと距離を取るようになるものの、どこでどうやって情報を得ているのか、別れると再び現れる。絶対になびくことはないと分かっているのに、八代は決して麗香のもとから離れない。奇妙で不気味だが、赤の他人に無償の好意を向けられ続けるという状況を楽しんでもいた。
カーテンを閉める。冬はもう終わっているとはいえ、3月の夜はまだ冷える。八代は寒くないのだろうか。そんなことを考えて、麗香は部屋の電気を消して眠りに就いた。