謝ってもらえますか?

「はぁ、そうなんですか。でも値段の分、ものもすごくいいですよ? 伝統的な、なんとかって技法らしくって」

「そういうことじゃないでしょう。何事にも分相応ってものがあるじゃない。……ったく、こっちは老後の心配しながら切り詰めて生活してるっていうのに、こんな贅沢して。第一、恵さん、お仕事してないでしょう? 隆一の稼ぎに寄生していい御身分よね」

「ちょっと母さん、その言い方はさ――」

隆一が割って入ろうと口を開いたが、それを断ち切るには十分な、恵の太く低い声が漏れていた。

「は?」

恵は義母を睨みつけた。

結局のところ、義母はひな人形なんてどうでもよかったのだろう。単に恵に文句を言える場所を探していただけなのだ。そのことに気がつくと、不思議なことにそれまで頭のなかにあった靄が晴れ、クリアになっていくのを感じた。

義母は「何よ」と睨み返すが、明らかに気圧されていた。その姿は滑稽にすら見えた。

「お言葉ですが、お義母さん。育休ってご存知ですか? まあ知らないのも無理はないですよね。お義母さん、専業主婦でしたもんね。ずっと、家のことだけやってたんですもんね。いや、それだって立派ですよ? でもね、私べつに仕事してないわけじゃないんですよ。もう半年もしたら日和を保育園に預けて、仕事に復帰するんです。今は育休っていう会社の真っ当な制度を使ってお休みをもらってるだけなんですよ。お給料だって、3分の2はもらってるんですよ? だから寄生って、そんなひどいこと言われる筋合いはないと思うんですけど」

恵は一気にまくし立てた。途中、義母は何かを言い返そうと口を開いたが、恵はそれを許さなかった。

「そうだよ、母さん。恵は寄生なんてしてないよ」

「謝ってもらえますか?」

「どうして、私が……」

「悪いことしたら、間違ったことを言ったら、謝るのは当然じゃないですか」

「恵も落ち着いて。日和起きちゃうから」

隆一は恵と義母のあいだを取り持とうと右往左往していたが、一歩たりとも譲るつもりはなかった。

「何よ、あんたたち。寄ってたかって年寄りをいじめて」

義母は辛うじてそう吐き捨てると荷物をまとめ始めた。隆一は追いかけようとしたが、恵はそれを鋭い視線で制し、帰っていく義母を視界の端で見送った。

「恵、気持ちは分かるけどさ……やりすぎだよ」

「あれくらい言わないと分かってもらえないよ」

「まあ、たしかに、母さん頑固なところあるけど……」

「大丈夫。あとで連絡しておくし、仲直りはするから。でもお義母さんにだって、反省してもらわないと」

恵は肩を竦め、テーブルの上に並ぶちらし寿司を見る。2人では食べきれないから、しばらくは続くな、と思った。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。