美弥子は深いため息をつく。12月を迎え、空気はどんどん冷たくなっている。周りを歩くカップルとおぼしき男女や子連れの親子は楽しそうに笑っている。クリスマスや大晦日などこれから沢山のイベントが待ち構えていることに浮かれているのかもしれない。
しかし美弥子にそんな気持ちは一切なかった。
今年で46歳を迎えるが、未だに独身で、もう8年以上も恋人だっていない。そんな美弥子にとって、12月はただ忙しく寒いだけの月でしかない。
もちろん、小さいころはサンタクロースを楽しみにしたり、こたつに入って年越しそばを食べながら年末番組を楽しんだ記憶だってある。だがどれもこれも、美弥子にとっては幻以上の価値を持たない。覚めれば消えてしまう夢であり、あの日からずっと美弥子は痛いばかりの現実を生き続けている。
ずっと1人で生きてきた。仕事に邁進しているふりをして、たった1人。
だが40代も後半に差し掛かり、美弥子の胸に訪れたのは虚無感だった。何も残さず、何とも繋がらず、ただ独りで生きることの虚しさだった。
だから休日にこうして結婚相談所に通っている。今年はもう無理だとしも、来年こそは必ず結婚をしたいと思っている。
それとなく周囲を確認して雑居ビルの階段を上がり、2階にある事務所に入るとすぐに面談室に通された。
年間で30万円ほど掛かる結婚相談所に行けば、すぐにでも条件の合う男性を紹介してもらえると美弥子は思っていた。しかし思ったような結果は今のところ得られていない。
担当をしてくれている城田佳代子は難しそうな顔をしてパソコンを操作している。
「……やっぱり笠原さんの希望に見合う男性は今のところいないですね」
「……本当ですか? この相談所にはかなりの登録者がいるって聞きましたよ? それでも全く1人もいないって言うんですか?」
美弥子の問いに城田はしっかりとうなずく。
「そうですね。申し訳ございません。やはり笠原さんが第一条件としている年収のところでほとんどの男性が弾かれてしまっているんですよね。この条件をもう少し下げるというのはどうですか?」
「……年収600万以上というのはそんなに厳しい条件なんでしょうか?」
美弥子が尋ねると、城田は厳しい表情のまま目を伏せた。
「年収が600万を超える男性は20%ほどいると言われています。しかしそのほとんどが年配の男性で、すでに結婚されているという方が多いんですよね」
美弥子は結婚の条件として40代よりも上の年齢を希望している。同世代のほうが一緒にいて楽だからだ。
40を越えて未だに結婚もしないでいるのは金のないうだつの上がらない男ばかりか、と美弥子は分かりやすくため息を吐き出し、だがそれは同時に女である自分にも当てはまることに気づいて自己嫌悪に陥る。
「やはり条件を下げる方が良いと思います。せめて年収の条件を450万にまで下げませんか? これはこの国の平均給与額になってますので、決して給料が低いとは言えませんから」
「平均ですか……」
渋る美弥子に、城田は1枚の資料を見せてきた。
「この方、私は笠原さんにぴったりだと思うんですよ。年収は平均的ですが、職場も近いですし、勤務先も非常に安定している企業様なので、笠原さんも安心していただけるかと思いまして。それに、笠原さんはご結婚されてもお仕事を辞めるつもりはないんですよね?」
「はい、もちろんです」
美弥子は強く肯定する。「でしたら」と、城田は満足そうに笑って相手の谷本孝のプレゼンを続けた。
そんな城田の熱量に押されたこともあり、美弥子は谷本と会うことにする。
確かに年収以外の条件では何ひとつ問題がないように思えたのだ。
それにもし嫌ならこの先のデートを断ればいいだけ。お試しに、城田の顔を立てる意味も含めて1度だけ会うならば問題はないだろうと思えた。