派手になっていく妻

拓郎の日常に変化が訪れたのは突然だった。

悠里が叔父の遺産数千万を相続することになったのだ。彼は悠里の母の実弟にあたり、脚本家として名をはせた人物でもある。生涯独身を貫いた彼には直系卑属がおらず、実の家族である悠里の母や祖父母たちもすでにこの世を去っている。そのため、昔から可愛がっていた姪の悠里に財産を残すことにしたらしい。

「こんな話が本当にあるんだな」

悠里とともに弁護士から遺言書の内容を聞いたあと、拓郎は静かに言った。相続税などを差し引いても、拓郎たちの手元には2000万以上もの金が残る。いきなり降って湧いた相続の話は、まだ現実味がなかった。

「叔父さんらしいわね。結婚式のときだって、こっそり私たちを支援してくれてたし……」

「悠里を大切に思ってくれてたんだな。ありがたい話じゃないか」

「でも、私も拓郎も働いてるし、今は特に不自由してないでしょ? このお金、どうしよっか? とりあえず貯金? それともパーッと使う?」

「うーん、悠里の好きにすればいいと思うよ。叔父さんが悠里のために遺してくれたお金なんだし」

もともとなかったお金なんだし少しくらい贅沢をして過ごせばいいと、拓郎は思った。それに悠里にはこれまでたくさん苦労をかけてきた。自分の力ではないが、その苦労が少しでも報われてくれるのなら、拓郎も嬉しかった。

しかし数週間後、遺産の受け取り手続きが終わると、悠里は変わり始めた。

拓郎が最初に気づいたのは、彼女が新しいバッグを買ったとき。高級ブランドのエレガントなデザインが、彼女の姿をどこか新鮮に見せた。

「お、新しいバッグ? 似合ってるじゃないか」

「ありがとう。ずっと欲しかったやつなの。でも、ちょっと贅沢しすぎかな」

そうは言いつつも、悠里は次々と新しい服やアクセサリーを揃えていく。どれも彼女に似合っていたし、自由にできる叔父の遺産の範疇で買っている分には特に問題もない。

悠里の変化はそれだけではなかった。悠里は次第に外出が増え、知らない顔ぶれとの付き合いを持つようになった。

ある日、帰宅した彼女は明るい笑顔で拓郎に声をかけた。

「今日、すごい人たちと会ったの! 叔父さんの知り合いで、テレビのプロデューサーや芸能人がいたのよ」

「そうか。よかったじゃないか」

拓郎はパソコン画面から目を離さずに答えた。

「ねえ、次の食事会、あなたも来ない? 大きな仕事につながるかもしれないわよ」

その誘いに応じ、拓郎は数度その場に足を運んだ。悠里の華やかな衣装や巧みな会話術を横目に、彼女がこういった社交に本格的に溶け込んでいく様子が頼もしくもありながら、なんだか遠い存在になってしまったと一抹の寂しさを覚えもした。

しかし、悠里の言う通りそこでの出会いは大きな仕事に繋がった。広告代理店のディレクターと知り合い、企業PRの撮影や駅に張り出されるようなポスターの撮影を依頼されるようになった

2人の生活はゆっくりと変化を遂げ、やがてそれは日常となっていった。