親子の会話が増えた
翌日から、祐也は子犬の世話に取り組み始めた。
絵里子もそれに協力し、2人の間には自然と以前にはなかった会話が増えていった。
「コイツ、ほんとにご飯をよく食べるな。俺よりも食欲あるかも」
祐也は笑いながら、子犬の皿にペットフードを入れた。
絵里子はその姿を見て、小さくほほ笑んだ。
「祐也も、こうして毎日外に出るようになって、元気になってきたんじゃない?」
「うん、そうかもしれない。コイツがいるおかげで、何かやるべきことが見つかった気がする」
絵里子はその言葉に、安堵の表情を浮かべた。
変わり始めた息子
ある日の夕食、裕也がふと箸を止めて、絵里子にはっきりと宣言した。
「お母さん、俺……就職活動を再開しようと思う」
「祐也……無理はしなくていいのよ?」
絵里子が遠慮がちに言うと、裕也は顔を上げたまま首を横に振った。
「そうはいかないよ。俺なんかよりお母さんの方がずっと無理してるんだから……それに、コイツのためにもちゃんとお金を稼がなきゃ」
そう言うと裕也は、真新しいケージの中で眠る子犬に視線を送った。
裕也の言う通り、犬を飼うにあたって何かと出費がかさむのは事実だ。ワクチン接種やマイクロチップの装着、さらには毎日のエサ代など、決して無視できるものではない。絵里子たちが拾ったのは、雑種の中型犬だから、概算で年間25万程度の飼育費用がかかる見込みだ。さらにぜんそく持ちの絵里子としては、空気清浄機や加湿器なども追加したいところだ。裕也が就職活動を決意したのも、そういった現実を知ったからこそだろう。
偶然拾った子犬のおかげで、息子の中で何かが変わり始めたのだ。失敗を経験し、立ち止まっていた息子が、再び前に進もうとしていた。
力強い裕也の言葉を聞いて、絵里子の中にある不安は少しずつ消えていった。
「それを聞いて安心した。今の裕也なら、きっとうまくいくよ」
「……ありがとう、お母さん。今まで心配かけた分、これから頑張るよ」
裕也はそう言うと、少し照れくさそうに笑った。