8月2日に発表された7月の米雇用統計では失業率が4.3%と4カ月連続で上昇し、市場予想の4.1%を上回って21年10月以来の水準となった。また、失業率が景気後退の開始を示すとされる「サームルール」に抵触したことで、景気後退リスクが意識されている。
サームルールは、連邦準備制度理事会(FRB)のエコノミストを務めていたクラウディア・サーム氏が考案したもので、失業率の3カ月移動平均が直近12カ月の最低水準から0.5%ポイント以上上昇した場合に景気後退が始まるとされている。実際に、1970年以降の7回全ての景気後退局面でサームルールが機能したことが知られている(図表1)。7月の米雇用統計の結果を受けてサームルールの指標は0.53%ポイントとなった。
サームルールに抵触したことで米国経済の先行き不安が広がった。雇用統計が発表された8月2日の米株式市場では代表的な株価指標であるダウ工業株指数が前日比で1.5%、S&P500指数が同1.8%、ナスダック指数が同2.4%とそれぞれ大幅な下落となった。また、米国10年金利も前日比で0.9%の急落したほか、短期金融市場は9月と11月の連邦公開市場委員会(FOMC)会合で各0.5%の大幅な利下げを織り込んだ。
もっとも、7月の米雇用統計でサームルールには抵触したものの、実際に米国経済が景気後退に陥っている、もしくは早期に景気後退へと転じることを示している可能性は低いだろう。非農業部門雇用者数は前月比11.4万人増と依然として雇用増加が続いている。また、失業率は上昇したものの、失業者の半分近くが職探しを再開した「再参入者」や、新たに職探しを開始した「新規参入者」で占められており、「一時的」もしくは「恒久的な解雇」が大宗を占める景気後退局面とは状況が異なっている。サームルールを考案したサーム氏自身が、今般の失業率の上昇が景気後退期にみられる労働需要の低下ではなく、移民増加などを背景にした労働供給の増加を反映しているとして、足元で景気後退に陥っていないとの見解を示している。
また、その他の経済統計も米景気後退の兆候を示していない。4-6月期の実質GDP成長率は前期比年率2.8%と前期の1.4%を大幅に上回った。特に個人消費は2.3%と堅調を維持していることが大きい。さらに、米国の景気循環の正式な時期を判断するNBER(全米経済研究所)が景気循環を判断する際に重視する6つの経済指標は雇用や実質個人消費の堅調な伸びが続いているほか、鉱工業生産は横ばいとなっており、景気後退を示す兆候はみられない(図表2)。
とはいえ、米国経済は労働市場をはじめ減速傾向にあることは明確である。FRBは足元のインフレ鈍化を背景に、金融政策において従前のインフレ重視から労働市場にも目配せする方針を示している。景気後退を回避しソフトランディングを実現できるのか、今後の金融政策の手腕が問われている。