メキシコ国境を越えて米国に不法入国し身柄を拘束された人数(不法越境者数)が2021年度(2020年10月~21年9月)から急増している。22年度累計は220.6万人と1960年の統計開始以来で最高となり、続いて2023年度も同204.5万人と前年度に次ぐ多さとなった。24年度も高水準の流入が続いており、12月は24.9万人と月間ベースで史上最高を更新した(図表1)。
不法移民が増加した要因として、コロナ禍に伴い中南米諸国から米国の働き口を求める人が増加したことや、ベネズエラなどでの政情不安が挙げられる。さらに、強硬な不法移民政策を導入したトランプ前大統領と異なり、バイデン大統領が人道的な観点から不法移民に対して寛容と捉えられたことも大きい。
ただ、不法移民の流入増加を懸念する声は多い。米調査会社ギャラップによる2024年2月の世論調査では、「大量の不法移民が米国の極めて重要な利益に対する重大な脅威である」と回答した割合は、共和党支持者が90%と圧倒的な多数を示したほか、無党派層でも54%と過半数を上回った。さらに、これまで南部国境からの不法移民は主に共和党の基盤である南部州の問題とみなされてきたが、2022年以降共和党が知事を務める南部のテキサス州やフロリダ州が不法移民を民主党の基盤であるサンフランシスコ市やニューヨーク市に大量に転送したことから、これらの地域でも治安悪化懸念が広がった。この結果、これまで不法移民に比較的寛容であった民主党支持者の間でも前年の20%から29%へ増加しており、民主党支持者の意識にも変化がみられている。
このような状況に対して、バイデン大統領は従前の不法移民対策から軌道修正を行ってきた。具体的には、不法移民の強制送還の取り組みを強化したほか、トランプ前大統領が推進しバイデン大統領が当初否定的であった南部国境の壁建設についても容認する姿勢に転じている。
今年11月の大統領選挙において不法移民問題が主要な争点に浮上している。英誌エコノミストと英調査会社ユーガブによる世論調査では、選挙における最重要課題として「移民問題」と回答した割合は2022年から2023年にかけては1桁台後半で推移していたものの、2024年以降明確な増加に転じており、直近4月初めの調査では16%とインフレの21%に次ぐ水準となった(図表2)。特に、共和党支持者では2024年1月中旬以降はインフレを抑えて移民問題が最重要課題と認識されていることが分かる。
米国内の人手不足が顕在化する中、不法移民も含めて海外からの移民の増加は労働力人口を増加させ、成長率を押し上げるとの経済分析は多い。一方、治安悪化への懸念などから民主党支持者も含めて不法移民に対し以前に比べて不寛容となっていることは否定できない。そのような中、バイデン大統領とトランプ前大統領が南部国境からの不法移民問題でどのような論戦を交わすのか注目される。