――公的年金(GPIF)と平均的な企業年金とを比べた場合、取っているリスクやポートフォリオ構成、目標リスク・リターンにどんな違いがあるでしょうか。

五藤 冒頭に触れた通り、企業年金の昨年度の平均的なリターンは8~9%であり、見かけ上はGPIF対比*で低くなっています。

ただ、そもそも取っているリスクが異なるため、結果だけを単純比較することは意味がありません。

GPIFの場合は目標リターンが名目4%なので、当然狙っているリターンが高く、株式の配分比率も高くなっています。実際、株式の配分割合がGPIFと平均的な企業年金では2倍程度の差があります。外国債券もGPIFでは為替ヘッジなしで運用しているので、その分もプラスに働いています。昨年度のような環境ではパフォーマンスに大きな差がつくのは当然のことでしょう。

*7月5日に発表されたGPIFの2023年度のリターンは22.67%

――昨年末に公表された資産運用立国実現プランや今夏に策定予定のアセットオーナー・プリンシプルが企業年金の運用にもたらすインパクトについてはどのようにご覧になっていますか。

五藤 アセットオーナー・プリンシプル(以下、プリンシプル)は既に公表されている「案」から大きく変わらないとすれば、企業年金がこれまでとまったく違う運用をやらねばならないということはないでしょう。最も影響があるとするとプリンシプル案の原則2で、もう少し外部の知見も含めて活用しましょうといった体制の強化に関する部分です。

もっとも、企業年金に関しては各企業に専門的な知見のある方がいるわけではないし、外部の専門家を雇用するといっても直ぐにできるわけではありません。われわれのような、コンサルタントを起用していなかった企業年金がコンサルタントを使っていこうというような動きはでてくるかもしれません。

今の案のままでいくとすると、OCIO(アウトソースド・チーフ・インベストメント・オフィサー)の活用が明示されているのは画期的だと評価しています。1つの選択肢として盛り込まれることで、今まで日本ではあまり浸透されてこなかったOCIOが検討されるケースは増えてくるかもしれないと期待しています。

また、原則3では定期的な運用機関の見直しが書かれていますが、取引関係で委託先を選んでいるケースがあったとしたら、企業年金側でも説明がつかないといけないということになるでしょう。

さらに、原則4の「見える化」もあまり大きな変化はないと見ています。ただし、今後、パフォーマンスなどの結果が公開された折には、その数字だけが独り歩きするような事態とならないことを願っています。

いずれにしてもプリンシプルの策定によっては企業年金の運用に極めて大きな影響があるということではないでしょうが、良くも悪くも日本の企業年金の運用では数十年間にわたって変わってこなかった部分もあります。欧米と比較した際の外部も含めた専門性の問題や、母体企業の取引関係でシェアが決まるといった、特有の課題を変える大きな機会ではあるし、企業年金が良い意味で変わるチャンスではあると考えています。

終わりに

五藤氏へのインタビューを通じ、好業績の企業年金が抱える運用課題や、資産運用立国実現プランやプリンシプルへの対応における課題がクリアになってきたように思える。また、資産運用立国に関連した今回の一連の動きが、企業年金のガバナンスを強化する機会になるとの見方はその通りだと思う。

5つの基本原則からなるプリンシプルは、大枠ではこれまでの企業年金の運用体制や運用方針を大きく変えるものではなく、まさにこれまでやってきたことを粛々と進めればよいということではあろう。一方で、補充原則については大きな公的年金や共済組合等も対象にしているので、企業年金では対応が難しいと思われる部分もあるが、「規模や運用資金の性格に照らして必要があれば」「知見の補充・充実のために必要な場合には」「……が望ましい」「……も考えられる」等の表現により、企業年金が全てに対応しなくても済むよう、実際には柔軟な原則になっていると筆者は感じた。