クレジットカードを使うと浪費してしまう理由

現実世界にも、こうした心理を前提とした現象があります。企業による販売促進キャンペーンで、初回の利用が無料であるケースや、安価なお試しセットを販売するケースです。今は商品を利用していない顧客を掘り起こすのです。安さはそのための、最初のきっかけです。このキャンペーンによって、該当商品を使わずにすませている日常や、競合消費を使い続けている状況など、「維持されている現状」をリセットするのです。この利用体験が良ければ使い続けてもらえる可能性があります。

行動経済学の視点で見る、サブスクを続けるもう一つの理由は、代金の支払い方です。通常の買い物とサブスクはお金の支払い方が異なります。何かを購入する場合はその都度、何らかの形で代金を支払います。そこでは例えば、現金を手渡す、クレジットカードを読み込んでもらい暗証番号を打ち込む、スマホで電子マネー画面を表示させて決済するなど、何らかのアクションが必要です。ところが毎月定額を支払うサブスクの場合は、クレジットカード払いや銀行引き落としなどに関する初回手続きの後は、何のアクションもせずに自動的に支払い続けます。

ここでは「メンタル・アカウンティング(心の会計)」が働く可能性があります。これは、お金に関して意思決定をする際に、総合的・合理的に判断せずに、狭いフレームの中で判断してしまう心理的バイアスです。この影響を受けると同じお金でも、入手の仕方や使途、お金の名目などによって、お金の価値の感じ方や使い方が変わります。

典型的な例は、ギャンブルで儲けたお金と一生懸命働いて手にしたお金の使い方の違いです。

労働で得たお金と違い、不労所得や幸運で得た利益は粗末に扱う傾向があるのです。行動経済学ではこれを「ハウスマネー効果」とも呼びます。ハウスはカジノのことであり、ハウスマネーはそこでだけ使われるギャンブルのためのお金です。

リチャード・セイラーらは「ハウスマネー効果」を実験により確かめました。方法としてまず、対象者の半分にQ1の質問をします。

Q1:あなたにとって好ましいのは、どちらですか?
A.30ドルを手に入れる
B.50%の確率で39ドルを手に入れ、50%の確率で21ドルを手に入れる

この結果、Aを選ぶ人は57%、Bは43%でした。
賭けをせずに単純に30ドルを手に入れるAが若干多いという結果です。

対象者の残りの半分にはQ2の質問をします。
Q2:あなたは今、30ドルを手に入れているとします。好ましいのはどちらですか
A.このままの状態
B.50%の確率で9ドルを手に入れ、50%の確率で9ドルを失う

この結果、賭けをせず現状維持をするAを選んだ人は18%でした。逆に、賭けをする人は82%と大半を占めました。

実はこの質問では、Q1とQ2でAを選んだ場合と、またはQ1とQ2でBを選んだ場合で、それぞれ選択後に手に入れる金額は同じなのです。しかしながら、Q1でAを選んだ人が57%もいたのに、Q2では18%に激減しました。

即ちQ2の状況で賭けをする人が増えたのです。初めから労せず30ドルを手に入れていたQ2の状況に置かれると、人は進んでギャンブルしようとするのです。これはハウスマネー効果による選択です。支払う痛みが少なければ、リスクの高いお金の使い方をするのです。

また、お金の使い方や心理は、現金で支払うか、クレジットカードなどで支払うかによっても変わります。マサチューセッツ工科大学のダンカン・シメスターとドラーゼン・プレレックの両教授は、このことを実験で確認しました。実験対象者は、バスケットボールのプラチナチケットを競り落とすオークションに参加します。対象者の半分は現金で支払い、残る半分はクレジットカードで支払います。

この結果、クレジットカードのグループが提示した入札価格の平均は、現金のグループの約2倍に達していました。クレジットカードを使うと、現金で払うよりも多額のお金を使ってしまうのです。原因は、リアルに現金を支払う行動が伴わず、お金が出ていく痛みも少ないためだと考えられます。

サブスクの支払いにおいては、前述したような「メンタル・アカウンティング」の影響を受けると考えられます。これはクレジットカードの自動決済や自動引き落としなど、お金を失う痛みが少ない決済方法です。しかも利用ごとではなく、毎月など定期的に自動支払いをするので、お金を払っている意識すらなくなります。そうなると、まるで公共料金納付や住宅ローン返済のように、何の疑問も持たずにサブスクのお金を払い続けることになるのです。

●第3回は【多すぎる選択肢の中から選ぶのは、後悔と不満のもと!? デジタル化以前のほうが「買い物の満足度」は高かったかもしれない“理由”】です。(7月10日公開予定です)。

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著者 橋本之克

出版社 総合法令出版

定価 1,650円(税込)