母親にコントロールされる娘

中国地方在住の山口紗理さん(50代・既婚)は、父親が29歳、母親が24歳のときに、母親の両親が経営していた工場に、父親が出稼ぎに来たことで出会った。母方の祖父は、従業員との交際に大反対。思い詰めた2人は約1年後に大阪へ駆け落ちし、やがて山口さんの兄を妊娠。臨月を迎える頃には母方の祖父と和解し、2人は母方の実家へ戻り、結婚した。

結婚後、父親は建設会社と化粧品の代理店を母親とともに始め、2年後に山口さんが誕生した。

山口さんにとって、母親との忘れられない記憶がいくつかある。

1つは、母親と2人で歩いていたときの記憶。近所の人に「お嬢さん?」と声をかけられると、母親は必ずこう言って笑った。

「はい、下の娘です。お兄ちゃんは頭がいいんですけどねー、この子はバカなんですよー!オーッホッホ!」

山口さんの兄は、幼い頃から冷静沈着で頭の回転が速かった。しかし特別山口さんが劣っていたわけではない。

2つ目は、山口さんが小児ぜんそくを発症し、苦しかった頃の記憶。夜中に咳(せき)をしてつらそうにしていると、父親は山口さんをとても心配してくれた。

「ちゃんと咳止めは飲ませたのか?」「寒いんじゃないのか?」と何度も母親に声をかけるため、母親は山口さんに言った。

「あんたが咳をすると、私がお父さんに怒られるんだよ!」

「“兄は頭が良くて妹はバカ”って、聞かれてもいないのに言う必要ありますか? おかげで私は小学1年生くらいの頃から自分はバカなんだと思い込まされていました。また、私が咳をすると母が父に怒られると言われ、幼い私は、『かわいそうなお母さん。私のせいでごめんね……』と思い、その日から枕で口を押さえ、父に聞こえないように咳をするようになりました」

当時の山口さんの実家は、自宅兼化粧品店だった。小学校に上がった山口さんは、母親がいる化粧品店側から帰宅するようになる。そのため山口さんは、母親とお客さんの会話をよく聞いていた。

ある日山口さんが帰宅すると、「私、子どもが嫌いなんですよねー」と母親が笑いながら話している。

お客さんは、「お子さんの前でそんなこと言わなくても……」と気を使ってくれたが、母親は平然と、「あー、大丈夫。この子には父親がいるから」と言って高らかに笑った。

「当時はショックでしたね。『お母さん、私のこと嫌いなんだ……。これ以上お母さんに嫌われないように、もっと良い子にならなきゃ!』と思った私は、母の機嫌をとる術ばかりを身につけていきました」