数々の逸話とともに今も朽ちない心に響く教え

常人離れした逸話も数多く残る。母・玉依御前(たまよりごぜん)が、インドから飛来した聖人が自らの懐中に入る夢を見た日に、空海を懐妊したとされる。また、他界した62歳の時には、亡くなる日と時刻を弟子に予告し、その予言通りに他界した。しかし、死没した後も、空海が前触れしたように、高野山奥の院で、今もなお人々が幸せになるよう祈祷しているとされる。空海に衣服や食事が給仕される日々が続く。

空海が説く真言密教の特徴は現生利益であり、その中核は「即身成仏」の思想である。全てのものは大日如来が姿を変えたものであり、仏も人も本質的には同じで、人が本来備えている仏性が表れれば、現世の肉体のままでも仏であると考える。しかし、通常は現実の自分と仏が余りにもかけ離れていることに気付き、真摯に仏を礼拝する行為となる。このように仏と一体になるべく修行を積んでいくことこそが真言密教の思想だとする。

「仏法遥かにあらず。心中にして即ち近し」という言葉も残している。仏法は外部に求めるものではなく、自分の心の中に求めるべきだとする。今ここで本来の自分を自覚するところにこそ仏法があると説く。

「刹塵(せつじん)の渤駄(ぼつだ)はわが心の仏なり、海滴の金蓮はまたわが身なり」という名言もある。国土を塵(ちり)にすりつぶしたほどの莫大な数の仏様が自分の心の中にいる。海を滴にしたほどの無数の仏様が私自身だと説く。もろもろの仏が自分自身であり、その自分があらゆる命とつながっており、その響き合いの中で自分も輝くとする。

哲学者のカントは、「天上の星と内なる道徳律」をたたえる墓碑銘を残している。造物主が造り上げた宇宙の精妙さと人類の道徳性を称賛するカントの考えは、空海の信念にも通じるのではないだろうか。

執筆/大川洋三

慶應義塾大学卒業後、明治生命(現・明治安田生命)に入社。 企業保険制度設計部長等を歴任ののち、2004年から13年間にわたり東北福祉大学の特任教授(証券論等)。確定拠出年金教育協会・研究員。経済ジャーナリスト。著書・訳書に『アメリカを視点にした世界の年金・投資の動向』など。ブログで「アメリカ年金(401k・投資)ウォーク」を連載中。