Q:職員「支店長! 正直なところ顧客本位と顧客満足の違いが分かりません」
A: 支店長「顧客本位と顧客満足は似ていますよね。お客さまのご意向をよく聞いて、お客さまにご満足いただける仕事をすることが、顧客本位ですよ」
森脇's Answer:
相手をよく知り、必要であれば意に沿わない提案も
一見、問題がなさそうに感じてしまう回答ですが、顧客本位を理解していない回答の代表例と言っていいでしょう。
「顧客本位」は言葉としては易しいため、誰でも意味が分かると思われがちですが、これがなんとも深く、広がりのある概念なのです。「顧客本位で取り組みます」と宣言するのは簡単ですが、いったい何をどのようにしたら顧客本位であるのか具体的には分かっておらず、顧客満足との違いも明確に説明できない役職員は少なくないでしょう。
顧客本位と顧客満足との違いについて、衣料品店での接客を例に考えてみましょう。試着をした顧客に対して、店員が次のように声を掛けました。
店員A「お似合いです。すてきです。サイズもちょうど良いですね」
店員B「それもお似合いですが、他のデザインも試着してみませんか? サイズはもうワンサイズ上げていただくとほっそり見える効果がありますので、お試しになってみてはいかがですか」
店員Aは顧客満足、店員Bは顧客本位の例です。お客さまに気持ちよく買い物をしていただくことを考えれば、Aのようにポジティブな声掛けをすることが有効でしょう。一方、お客さまのためになるならば、たとえ試着したものをお客さまが気に入っていたとしても、より似合うと思える別の服を提案することも考えられるわけです。
顧客本位での対応は、信頼できる家族や友人に付き添いをお願いした場合を想像してみるとよいでしょう。そのアドバイスはBに近いものとなるはずです。「似た服を最近買ったでしょう」とか「あなたが既に持っている服に全部合いそうね」とか、あるいは「今日は購入を見送ったらいかが?」などと言うかもしれません。このようなアドバイスは、その人を知らないとできないものです。そう、顧客本位とは、お客さまのことをよく知って、お客さまの家族のように親身になり、お客さまのためのアドバイスをすることなのです。
このように、顧客本位と顧客満足の大きな違いは、お客さまとの関係性にあります。顧客満足を高める活動は必ずしも個々人としてのお客さまのことを知っている必要はありませんが、顧客本位の活動は目の前のお客さまのことを知らないと何もできません。
顧客に提供する商品が衣料品のように一般的な消費財である場合には、顧客満足を重視した営業活動で問題ないことが多いのですが、これが金融商品となると話は別です。
私たち金融機関職員には信認される者としての義務があります。それは医師や弁護士が患者や依頼人との間に情報の非対称性があるために専門家として信じて任されるように、一種の依存関係が生じる職業に課せられている義務と言っていいでしょう。それがフィデューシャリー・デューティーです。言い換えるなら、金融機関職員は高い倫理観を持つべき職業人として、お客さまに接しなければならないということなのです。ここに金融機関職員が顧客本位を実践すべき理由があります。
では、金融機関における顧客本位と顧客満足は具体的にはどのような活動なのか確認しましょう。顧客満足の活動例としては、丁寧な接客、店内美化やあいさつ運動、地域の行事に参加することなどが挙げられます。これらの活動は大切なものですが、顧客本位と比較するためにあえて言えば「お客さまのいいなり」になりかねない側面があります。
一方、お客さまのために耳の痛い話もするのが顧客本位です。例えば「投資は怖い」というお客さまに元本保証の商品のみを提案することは、その場では顧客満足であるかもしれませんが顧客本位とは言えません。損をした経験があるから怖いのか、ただ漠然と怖いのか、その言葉の背景にあるお客さまの考えをうかがいつつ、それでも資産形成のための手段として投資の必要性が認められるのであれば、ときにはお客さまが恐怖心を乗り越えて投資の世界に足を踏み入れるお手伝いをすることも私たちの仕事なのです。お客さまの記入した情報シートや発せられる言葉をうのみにして案内するだけでは、金融のプロフェッショナルとは言えません。
「顧客本位」を学ぶ機会を用意することが大切
顧客本位の活動は、お客さま一人ひとりに合わせて、最善の提案をしていきます。場合によっては金融商品の購入や契約をお断りしたり、お客さまの契約希望金額よりも減額するようアドバイスしたりします。これは投資信託の販売のみならず、融資も含め、金融機関が提供できる商品やサービス全てに共通した姿勢です。
支店長に求められることは、顧客本位の正解を示すことではありません。学ぶ機会を用意することだと思います。顧客本位の正解は常に目の前のお客さまが持っているのですから、そのためにどう活動すべきかを最も理解できるのは、実はお客さまと接している担当者です。学びや気づきを得るために、支店内の職員でグループセッションの機会を設けてみてはいかがでしょうか。実際のお客さまの事例を出して、何がそのお客さまの最善であるのかを具体的に話し合うとよいでしょう。顧客本位の活動は、常に現場での実践なのです。