Q:職員「支店長! 60 歳男性に対して投資信託の商品は何を提案するのが正解ですか?」
A: 支店長「60歳であればあまり積極的にリスクを取らないほうがいいかもしれないので、バランス型をご案内してみてはいかがですか。あるいは新商品にニーズがあるかもしれません。お客さまのご意向をよく聞いて提案してみてください」
森脇's Answer:
無難でよい回答に思えるかもしれませんが、実はこの回答では何も答えていることになりません。何より顧客本位の理解の乏しさが露呈しています。顧客本位の体裁をとりつつバランス型商品や新商品を販売せよと暗に指示されているのかも、と受け取る職員がいる可能性もあります。
正解はお客さまにしか分からない
では、具体的に考えてみましょう。次の二人の60歳男性にはどのような商品が適しているでしょうか。
A様/ 60歳で退職。退職金約2000万円のうち1000万円を運用し、残りの1000万円を住宅ローンの返済に充てる。再就職する予定で、日々の生活費はその収入で賄える。妻は専業主婦。子は2年前に就職し、現在は夫婦2人暮らし。現在の預貯金額は1000万円。資産運用は初めてで、世の中の風潮から運用したほうが良さそうだと思った。財産を子どもに相続する予定は特になく、なるべく自分たちで使い切りたいと考えている。
B様/ 60歳で退職。オーナー社長であり、事業は息子へ引き継ぐ。会長職として役員報酬を引き続き受け取る予定。2000万円の退職金は全額運用したい。すでに他金融機関で5000万円ほどを運用している。投資資産の他に預貯金は1億円程度ある。資産を使い切ることは考えておらず、自然と遺していくことになるだろうと考えている。
さて、このA様とB様への提案について考えてみると、それぞれ全く異なる商品にニーズがありそうだと思いませんか。A様が運用をしたいと思ったきっかけの「世の中の風潮」とは具体的にはどのようなものか、リスク許容度はどれほどかなどを確認しながら商品を選定したいですね。一方、B様は他金融機関でどのような運用商品を保有しているのか、商品の選定はどのように行ってきたのか、今回は分散投資を重視するのか、などを聞いたうえで商品を選定していきたいところです。
お分かりのように、何が正しいかはお客さまにしか決めることができません。それはつまり、商品をお客さまに当てはめるのではなく、お客さまに合う商品を提案するということです。60歳男性という属性だけでは、リスク許容度やニーズもさまざまであり、基本的にはあらゆる商品について提案の可能性があります。お客さまに適した商品を絞り込んでいくには十分なヒアリングが必要です。このような考えや行動が顧客本位の基本なのです。
より良い提案をするために、いかにヒアリングするか
一般的に金融機関では、お客さまにヒアリングシートなどの書類に記入をお願いしていると思いますが、お客さまの真のニーズを探り当てるにはこれだけでは十分ではありません。お客さまに価値を提供できるような適切な提案をするためには、精度の高い情報が不可欠であり、それにはお客さま自身に積極的に自己開示してもらう必要があります。そのためには、自分を金融のプロとして認めてもらい、信頼関係を構築することが最も理想的です。もちろん、信頼関係はすぐには生まれません。相応の面談回数や年月の積み重ねが必要ですが、実は1回の面談でもお客さまからある程度の信頼を得られる方法がいくつかあります。その一つを紹介します。
例えば、お客さまがヒアリングシートでリスク許容度について「安全重視」を選択したとしましょう。このお客さまにどのようにアプローチしますか。記入内容に従って、単純に「安全性重視の商品をご案内する」でも間違いではありません。しかし、それでは他金融機関との差別化も図れませんし、プロとして認めてはもらえない可能性が高いです。ここはぜひ「なぜ安全性重視が良いと思われたのですか」と質問してみてください。そうすると回答はさまざまです。「リーマンショックの時、投資で損をしたことがあるから」「他の金融機関でリスク商品を保有しているため、ここでは安全性を重視したい」「元本保証がないという商品に投資をしたことがないから怖い」。異なる理由を答えるお客さまへの対応方法がそれぞれ違ってくることは、容易に理解できるでしょう。こうしてヒアリングで深掘りして、提案する商品を選定していくのです。すぐに商品を勧めるのではなく、まずはお客さまを知る姿勢を取ることによってお客さまは積極的に自分のことを話してくれるようになります。
部下から質問を受けた際、その場で正解を答えてあげたくなる気持ちは理解できます。しかし、残念ながら支店長は顧客本位の対応についての正解を持ってはいないのです。もちろん筆者も持っていません。顧客本位の解は、常に一人ひとりのお客さまが持っているのです。そして、それを実践できるのは、お客さまと直に接している担当者に他ならないことを伝えてほしいのです。