Q:職員「支店長! 投資信託の購入金額がNISAの枠内になってしまい、大口での契約が取りにくいです」
A: 支店長「なるほど、その気持ち良く分かりますよ。ところでそのお客さまの投資目的は何ですか。資産額はどのくらいですか」
森脇's Answer:
NISAに注力しているとありがちなお悩みですね。このような思考に陥ってしまった際には、NISAにとらわれすぎていることに気がついてほしいと思います。
投資をする上でNISA利用はぜひ検討すべきですが、それを前提にした提案になってしまってはいないでしょうか。ひとまずNISAのことは脇に置いて、投資の提案をすることについて改めて考えてみましょう。
目の前の金融資産を見るのではなく、「お客さまを知る」
投資の提案をする上でまずやるべきことは、お客さまを知ることです。ここでは投資の目的と資産背景に着目した例で考えてみましょう。
満期を迎えた500万円の定期預金を保有する二人のお客さま(AさまとBさま)がいます。提案の結果、どちらのお客さまにも、当金融機関でNISA口座を開設していただき、成長投資枠にて240万円の投資信託一括購入を受託しました。担当者は「NISAの枠に収まってしまった、もっと大きな契約になったのではないか。そのためにはどのような提案をしたらよいのか」と思案します。まさに今回の質問の通りです。
Aさまは、老後の資産形成のための手段として運用を考えているとします。そして、保有している金融資産は、当該の定期預金500万円でほぼ全てだとしましょう。NISAの成長投資枠で240万円を一括投資しましたが、資産全体のバランスから考えると多過ぎるかもしれません。より少額での投資を提案することも考えられたはずです。総資産のうちかなりの割合を一括投資した場合、相場が下落した際に追加購入する余裕資金が不足することになります。しかも、投資に不慣れなお客さまの場合、全財産に比して大きな割合の含み損を抱えることに耐えられなくなり、解約して損失確定してしまうパターンはとても多いのです。そして投資から手を引いて二度と戻ってこなかったり、あるいは自金融機関との取引を打ち切りにする可能性もあります。より適切な金額を(今回の場合はもっと少額で)投資すれば、下落時の傷は浅く追加購入の余裕も生まれ、自金融機関との取引は将来にわたり拡大していく可能性が高いでしょう。
一方、Bさまの金融資産の総額は5000万円以上で、投資目的は余裕資金の資産活用だとします。投資信託へ配分する資金として2000万円ほどが良いという結論に至った場合、NISAの枠を超えた契約は当然ありえます。
以上の例で分かる通り、NISAの枠いっぱいだと、Aさまはリスクを取り過ぎで、Bさまは少なすぎます。なぜこのようなことが起こるのかと言えば、前述した通りNISAにとらわれすぎているからにほかなりません。裏を返せば、お客さまの状況やご意向をもとに考えていけば、冒頭の質問のような悩みは起こらないのです。
NISAは投資のための手段に過ぎない
筆者がお客さまに対して繰り返し伝えてきたこと、そして金融機関職員の皆さんへの研修でもよく話すことがあります。それは「すべての金融商品について、税制優遇を契約の目的にしないでください」ということです。NISAもiDeCoも税制優遇のある有利な制度ですが、それらは手段に過ぎません。資産形成をする必要があるのであれば、これらの制度がなかったとしてもやるべきことに変わりはありません。そして、制度というものは変更される可能性があります。本来の目的を見失わなければ、あてにしていた優遇が受けられないことをそれほど嘆くこともありません。
目的はあくまでも投資・資産運用であって、NISAはそのための手段です。大切なのは何のために投資をするのかを確認することです。投資商品の契約時に自分の目的をしっかりと確認できたお客さまは相場変動に強く、長期投資を成功させる可能性が高いと思われます。
支店としてお客さま情報を把握する
NISAは、投資をするなら積極的に利用を提案すべき制度であることは間違いありません。国民の関心度も高いでしょう。そのため、お客さまに投資への興味を持ってもらうための入り口としてNISAを案内するのは有効です。ただし、NISAは手段に過ぎないことを意識しておきたいのです。
お客さまが他社でNISA口座を開設済みの場合、そのこともお客さま情報としてしっかり保管しておきます。できれば、その運用状況もヒアリングしておきたいところです。そして時折、状況に変化がないかを確認してみましょう。自金融機関での預り資産と他社での運用状況を併せて考慮できれば、お客さまにより良い提案ができるはずです。
支店長には、職員の営業活動を観察するにあたって、販売額や契約件数などの数字のみに注目するのではなく、精度の高い顧客情報から提案ができているのか確認してほしいと思います。お客さまとリレーションが十分に取れている職員は、契約の動機や購入金額決定の理由について、お客さまの情報を十分に伝えてくるはずです。一方、営業成績は良いけれど、契約の動機や金額決定の理由についての説明が画一的だったり、曖昧だったりする職員もいます。もしかすると顧客本位とは言い難い販売活動を行なっているかもしれません。支店全体の業績に責任を負う支店長からすると、何はともあれ目先の収益を上げる職員を評価したくなるかもしれません。しかし、大切なことはその活動の内実であり、きちんとお客さまに向き合い提案する活動を評価することであり、支店全体で顧客本位を実践する道筋をつけることです。
顧客本位の活動の第一歩はお客さまを知ることです。担当者一人ひとりがお客さま情報をしっかり把握できていれば、支店としても目標の数字は立てやすいはずです。支店長は、職員が取得したお客さま情報を集約することで、自店の活動の余地をある程度正確に把握することができるでしょう。ほとんど芋の埋まっていない土地で「10本の芋を掘れ」という命令には無理があるように、お客さま情報を把握しないまま出される指示は、労多くして功少なしという結果に終わるばかりか、職員の疲弊や士気低下も招きます。本来の目的を見失ったNISAへのとらわれも、このような過程で生じるのではないでしょうか。各業務に対する適切な目標設定やリソース配分を采配するためには、精度の高い情報の収集と管理が不可欠です。まずは自店のお客さまのNISA開設・運用状況について把握するところから始めてみてはいかがでしょうか。