考慮すべきリスクは市場変動リスクだけではない
ここまでは“リスク”という言葉を使う際、あえてあいまいな使い方をしましたが、今の時代の老後の資産運用を考える際には、このリスクをしっかりと定義する必要があります。なぜならば、老後には市場変動リスク以外にも大きなリスクに直面するからです。
その1つは生きている間に資産が底を突いてしまうリスク(長生きリスク)で、もう1つは預貯金金利や運用リターンがインフレを下回った場合に、資産の価値が実質的に目減りしてしまうリスク(インフレ・リスク)になります。では、これらのリスクが具体的にどのようなリスクなのかを見ていきたいと思います。
長生きリスク:思っているよりも長く生きてしまう
冒頭で日本人の平均寿命が延びているという話をしました。でも、平均寿命は老人になる前に亡くなった方も含めた数字ですので、いま生存している人にとってより意味を持つのは65歳時点の平均余命でしょう。平均寿命と同様、これも着々と延びており、2019年時点では男性が84.8歳、女性が89.6歳となっています。つまり、65歳の男性ならばそこから20年、女性ならば25年程度は人生が続くことになります。
であるならば、余命の長い女性に合わせて老後は25年と考えて老後プランを計画すればよいのか、と思ってしまう人も多いでしょう。でも、これはリスク管理的には明らかに間違っています。なぜならば、平均余命というのはざっくり言えば、半分の人はそれまでに亡くなりますが、半分の人はまだ生存していることを意味します。つまり、25年で計画してしまうと、50%の確率で想定よりも長生きし、老後資産が底を突いてしまうのです。
きちんとリスク管理をするのであれば、もっと長い人生、例えば25%の確率で生存する年齢まで想定する必要があると思います。現時点では65歳の女性は25%の確率で95歳まで生きますから、95歳を一つの目処としたほうが手堅いと言えます。つまり、老後は65歳から30年程度続くという前提に立って老後プランを立案する必要があるのです。生存中に資産が底を突かないようにするには、運用リターンで増やしていくしかありませんので、ある程度の市場変動リスクを取ってでも相応のリターンを目指すことが、長生きリスクの低下につながります。
インフレ・リスク:老人の必需品のインフレ率は高い
また、インフレ・リスクも長生きリスクと同様、考慮しなければならないリスクです。と言っても、日本人にはデフレ・マインドが染みわたっていますので、「インフレなんて考える必要はないのではないか」と思う人も多いでしょう。でも、その考えは非常に危険です。
まず、新型コロナウイルスに伴う供給不足とこれまでに溜まっていた需要が一気に生じた影響で、最近は海外を中心にインフレ率が上昇しています。日本にこの影響が及んでも不思議ではありません。
第二に、日本では全体では大きなインフレにはなっていませんが、老人にとって必要なモノはインフレで価格が上昇しています。例えば、老人のメインの支出である食料は2015年を100とした場合、2020年末には105.8まで上がっています。一方、勤労世帯に必要な支出は下がっており、例えば通信費は91.1、教育費は93.2となっています。
つまり、インフレという点では、現役世代の負担は軽くなっているものの、老人の負担は重くなっていると考えられます。これらの影響を回避するためには、インフレを上回るリターンが得られる資産に、相応のリスクを取ってでも投資する必要があるのです。