『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の興行収入が200億円に迫る大ヒットを記録し、配給を担う東宝の業績や株価への期待が高まっています。しかし、映画ビジネス特有の複雑な収益分配やIP戦略を踏まえると、単に「興行収入の大きさ」だけを表面的に追うだけでは、真の収益インパクトや中長期の投資リスクを見極めることはできません。いま大注目の銘柄について、つばめ投資顧問代表の栫井駿介さんが解説します。

※本記事は9/23につばめ投資顧問にて公開された「映画『ちいかわ』200億円ヒットで東宝はいくら儲かる?収益構造と株価を分析」を編集の上、栫井氏による特別コメントを付して掲載しております。

『ちいかわ』大ヒットでも東宝株が急騰しないのはなぜ? 興行収入と株価の意外な距離

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の勢いが止まりません。7月24日の公開から9月20日までの興行収入は158.4億円。2026年公開作品の首位に立ち、この先200億円に届けば、歴代興行収入ランキングでもトップ10をうかがう規模になります。

「配給する東宝の株を買えば、このヒットに乗れるのでは?」。投資家なら、そう考えたくなるでしょう。しかし、東宝の株価は映画の公開日、7月24日の終値1,446.5円から9月25日の終値1,580円へ、約9%の上昇にとどまっています。株価は上がったものの、興行収入の勢いと比べると、物足りなく感じるかもしれません。

なぜ大ヒットが株価の急騰につながらないのでしょうか。まず考えたいのは、興行収入と東宝の利益は別の数字だという点です。

仮に興行収入が200億円に達しても、筆者が想定する東宝の営業利益への貢献は40億円程度。もちろん東宝にとって大きな利益ですが、前年度の営業利益約679億円と比べれば6%程度にすぎません。

映画館で支払われたチケット代は、映画館、配給会社、製作側などに分かれます。東宝は本作の配給を担いますが、「ちいかわ」のキャラクターの権利をもっているわけではなく、アニメーションを自社で制作しているわけでもありません。そのため、興行収入のうち得られる東宝の「取り分」は、必ずしも大きくはないのです。

もう一つの理由は、株価には期待がすでに織り込まれているということです。

東宝のPERは、9月25日時点で約32倍。平均的な水準である15倍程度を大きく上回ります。投資家は東宝が日本のコンテンツを海外で売り、作品の企画・制作や権利の活用まで手を広げる将来像にも期待しているのです。

実際に、東宝自身も海外事業の拡大を成長戦略に掲げています。また、「ちいかわ」の例から取り分を上積みするためIPの創出やアニメの制作にも力を入れています。

1本の映画のヒットは「水物」でもあります。だからこそ、それだけではすでに高く評価されている株価を押し上げにくいのです。問われるのは、東宝がヒットから得る利益を増やし、その仕組みを次の作品にも生かせるかどうかです。

本編では、今回の『ちいかわ』で東宝に入るお金はどのように決まり、自社IPを持つ場合と何が違うのでしょうか。映画ビジネスの収益構造と東宝株の評価を詳しく見ていきます。