妻が初めて聞いた夫の本音

拓海が寝たあと、裕樹はいつものようにリビングで缶ビールを飲んでいた。テレビはついていたが、ほとんど見ていない。新しい缶に手を伸ばしながら、今日も会社への不満を口にする。勝美は隣に座り、昼間の杏子との会話を思い出していた。

「裕樹、今の会社そんなにつらいの?」

缶を握る裕樹の手が止まった。

「……仕事なんてそんなもんだろ」

「でも、最近ずっとしんどそうだから」

「別に大したことじゃない」

そう言いながらも、裕樹はすぐには缶に口をつけなかった。勝美が黙って待っていると、やがて深く息を吐く。

「買収されてから、何もかも変わったんだよ。上司も変わったし、今までのやり方も全部古いみたいに言われてさ」

「そうなの……」

裕樹は、ぽつりぽつりと言葉を続けた。

長年の経験から判断してきたことも、新しい上司には簡単に退けられる。評価の仕組みまで変わり、何を頑張れば認められるのかもわからない。以前から一緒に働いていた人も配置が変わり、気軽に相談できる相手も減ったという。

「毎日、自分の居場所がなくなっていく感じがする」

勝美は、単なる愚痴だと思い、適当に聞き流していたこれまでの自分を恥じた。裕樹の言葉の奥に隠されていたのは、彼なりのSOSサインだったのだ。