耐えてきた清美の心が限界へ

「あなたが甘やかすから清美さんはこんな感じになっちゃってるのよ。夫婦として相手をその気にさせる努力だって必要でしょう?」

「お義母さん、ちょっとさすがにそれは……」

悠里は笑みを消し、ひろ子の腕を軽く叩いた。清美の服装に思うところがある悠里も夫婦のことにまで踏み込む発言には戸惑っているようだった。

「嫁がそんなんじゃ、夜のほうだってはかどらないでしょ?」

ひろ子の言葉に、清美はとうとう心臓を捕まれたような気がした。

「――だからいつまで経っても子どもができないのよ」

その言葉は、清美が胸の奥に押し込めていた罪悪感を容赦なくえぐった。

自分でも何度も考えてきたことだった。道明を父親にしてあげられないのは、自分に何か足りないものがあるからではないかと。そう思うたびに打ち消してきた不安をひろ子に突きつけられた気がした。

何か言葉を発しようと口をわずかに開いたら、視界がにじんだ。清美は泣いているのを悟られないようにうつむいた。

「あんたがもっとしっかりしてたら」

ひろ子がさらに追撃をしようとした瞬間に、道明が突然立ち上がった。

「清美、ちょっと来て」

決して声を荒げたわけではない。しかし、有無を言わせない響きがあった。

「え……?」

「いいから」

道明は清美の手を取り、そのまま2人に何も言わず自分たちの部屋に向かった。部屋に入ると道明は床に置いていたカバンを開き、持ってきた衣類を詰め始めた。

「な、何をしてるの?」

「帰る準備。もうここにはいなくていいよ」

清美は道明の言葉に戸惑いを覚えた。明日の朝には武が帰ってきて、家族全員で過ごす予定だ。

「でももう時間も遅いよ……?」

「大丈夫。これくらい平気だよ」

道明は一切手を止める気配がない。それでも清美は道明を説得した。

「お義母さんは道明のことを心配して……」

「清美を傷つけてまで心配してもらう必要はないよ」

「でも子どもがいないのは事実だし……」

道明は手を止めて、清美を見た。

「それは清美のせいじゃない。2人の問題だろ」

道明の言葉を聞いた途端、清美の目からこらえていた涙がこぼれた。

すると、廊下から慌ただしい足音が聞こえ、ひろ子と悠里が部屋の前までやってきた。

「道明、何をしてるの?」

「帰る準備をしてるんだよ」

「私はあなたのことを思って言ったのよ。清美さんがもう少し妻として努力をすればあなたたちだって……」

道明は着替えをすべて入れてカバンのファスナーを閉めた。そして、ひろ子へ静かに目を向けた。

「母さんが俺のためだと思ってやってることが、俺の一番大切な人を傷つけてるんだよ」

ひろ子は言葉を失っていた。道明は悠里にも視線を向けたが、責める言葉は口にしなかった。悠里は気まずそうに目を伏せ、ひろ子の隣で黙っていた。

「清美、行こう」

清美は涙を拭い、道明と共に部屋を出た。呼び止める声は一切聞こえてこなかった。

そのまま2人は車に乗り込み、義実家を後にした。