<前編のあらすじ>

高校1年生の娘・友莉が、夏休みに海の家で初めてアルバイトをすることになった。心配性の母・厚美は、熱中症や客とのトラブルを案じて次々と注意するが、過保護になってはいけないと自制し、友人と出かける娘を見送る。

その夜、厚美は友莉がバイト先のオンラインミーティングに参加していることを知る。接客研修や衛生管理の研修も行われていたが、いずれも無給だった。全員参加が基本と聞いた厚美は、仕事に必要な時間なら勤務として扱うべきだと疑問を呈する。

しかし友莉は、家から参加できるため気にしていないと反論する。厚美が、初めてのアルバイトだからおかしさに気づけないのだと主張すると、友莉は自分を決めつけないでほしいと怒りをあらわにしたのだった。

●前編【「私のことは放っておいて」初バイトをめぐり母娘が激突…海の家に潜んでいた“異様なルール”

バイト先への連絡をためらう母

翌朝、厚美は友莉の顔色をうかがいながら、食卓にスープカップを置いた。

「今日も10時から?」

「うん。帰りは昨日と同じくらい」

友莉は少しそっけなかったが、トーストをかじりながら普通に答えた。昨夜のケンカを蒸し返す様子もなく、食べ終えるとカバンを持って立ち上がる。

「行ってきます」

「……行ってらっしゃい。暑いから気をつけてね」

それだけ言うのにも、厚美は妙に緊張した。友莉は「分かってる」と返したものの、声には昨日ほどのトゲはなかった。

「はあ……」

玄関が閉まると、厚美は1人になった食卓で深く息を吐いた。

友莉よりは世間のことを分かっている。昨夜、自分が口にした言葉が何度もよみがえる。謝りたい気持ちはあった。だが、無給の研修の件が解決していない以上、どう切り出せばいいのか分からない。

朝食の片づけを終えた厚美は、スマートフォンを手に取った。求人ページを開き、海の家の電話番号を表示する。

「保護者として確認するだけ……」

発信ボタンに指を置きかけて、止めた。

友莉が働き始める前にも、バイト先に関する基本的な内容は確認している。そのうえで、夫とも相談し、最終的には働くことを承諾したはずだ。

厚美は、電話をかける代わりに、スマートフォンで法律に関する記事を読み漁った。すると、どの記事にも参加が義務付けられている研修やミーティングについては、労働時間として扱われる可能性が高いと書いてあった。

「やっぱり無給なんておかしいのよ」

厚美の疑念は間違っていない。だからこそ、自分がどうするべきなのか迷った。厚美が直接バイト先に干渉すれば、友莉の立場を悪くするかもしれない。何より、友莉が自分で違和感について考える前に、母親が答えを出してしまうことになる。放っておいて、と背を向けた友莉の姿が蘇る。

「どうしようか……」

 

夕方、友莉が帰宅すると、厚美は思わず立ち上がった。

「おかえり。具合、悪くなってない?」

「大丈夫。今日はずっと注文が多くて疲れたけど」

今日もミーティングはあるのか。喉まで出かかった言葉を、厚美は飲み込んだ。

「そう……ならよかった」

翌日も、友莉は朝からアルバイトへ通った。疲労はしているものの、特段無理をしている様子はない。

それでも厚美の不安は消えなかった。あれこれ口を出したい気持ちを抱えたまま、厚美は夕方になると、玄関のほうへ耳を澄ませ、友莉の帰宅を待った。