値引き品のお味は?
玄関のほうで鍵の音がしたのは、郁実が食卓に箸を並べ終えたところだった。
「ただいま」
啓太の声が廊下から聞こえる。郁実は小さく息を吐き、丼の縁についたタレを布巾でぬぐった。うなぎは思った以上につやよく仕上がっている。湯気に混じって、甘辛い香りが台所から居間へ流れていた。
「おかえりなさい。ちょうどご飯できたところ」
「いい匂いするな。今日はうなぎ?」
啓太はネクタイをゆるめながら、少し嬉しそうに台所をのぞいた。その反応だけで、郁実の肩からわずかに力が抜ける。
「うん。土用の丑の日だから」
「そうか。すごいな、ちゃんと用意してくれたんだ」
郁実は返事の代わりに丼を食卓へ運んだ。白いご飯の上にのせたうなぎは、タレをまとって照りを増し、半額のシールが貼られていたものには見えない。作り置きの小鉢とインスタントの吸い物を添えると、夕食らしい形になった。啓太は椅子に座るなり、丼を見下ろして目を細めた。
「めちゃくちゃうまそう」
郁実はほっとしたが、向かいの数子はまだ納得していない顔で席についた。リウマチがひどくなってから使い始めた自分専用のスプーンを手に取りながらも、丼を眺める目には疑いの色が残っている。
「見た目だけは何とかなってるわね」
郁実は聞こえなかったふりをして、啓太に言った。
「冷めないうちにどうぞ」
「うん、いただきます」
啓太が先に手を合わせ、うなぎを一切れ口に運んだ。数子はまだ何か言いたげだったが、啓太の反応を待つように横目で見ている。啓太はひと口食べたあと、少し驚いた顔で郁実を見た。
「これ、うまいな」
「本当?」
「ああ。びっくりするくらい、ふっくらしてる。タレもうまいし、店で食べるのと変わらないんじゃないか」
素直な感想だった。啓太が大げさに褒めているのではなく、本当に驚いているのが分かる。一方の数子は面白くなさそうに眉を寄せていた。
「半額のうなぎで喜ぶなんて、みっともないわ。お腹が空いてるから、そう感じるだけでしょう」
「いや、ほんとにうまいよ。母さんも食べてみなよ」
「言われなくても食べますよ。まったく大げさな子ね」
ぶつぶつ言いながらスプーンで、うなぎの端を小さく切る数子。ぎこちなく口に運ぶその動きを、郁実は意識せずにはいられなかった。
「だから半額のうなぎなんて……」
一口食べた途端、数子の嫌味がぴたりと止まった。啓太の言ったことが大げさではないと分かったからだろう。
郁実は内心にやりと笑った。たとえ値引き品のうなぎだろうが、工夫次第で立派な主役になるのだ。
●土用の丑の日に半額のうなぎを買って帰った郁実は、案の定、同居の義母・数子から「縁起物なのに」「こんな安物」と嫌味を浴びせられてしまう。怒りに火がついた郁実がその後にとった行動とは何だったのか…… 後編【姑の見栄と意地を容赦なく暴いた土用丑の日…半額うなぎが劇的に生まれ変わる会心の一手とは?】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
