うなぎを見た姑は…
玄関の扉を開けて靴を脱いだ郁実は、買い物袋を持ち直して台所へ向かう。居間からはテレビの音が小さく聞こえていた。
「ただいま帰りました」
「遅かったわね」
すぐに数子の声が返ってきた。郁実と啓太は、結婚当初からこの家で数子と同居している。子どもはいない。もともと仲が良い嫁姑とは言い難かったが、義父が数年前に亡くなってからというもの、数子の嫌味は輪をかけて鋭くなった。
「今日は土用の丑の日だけど、まさか忘れてないでしょうね」
台所の入り口に立った数子は、片手をそっと反対の手に添えていた。関節リウマチの痛みで、最近は包丁を握るのも鍋を持つのもつらいらしい。身体が思うように動かない苛立ちもあるのだろう。分かってはいる。しかし、数子の嫌味を優しく受け止められるほど、郁実にも余裕があるわけではなかった。
「はい。うなぎ、買ってきましたよ」
「そう。ならいいけど」
郁実は買い物袋を調理台に置き、冷蔵庫へ入れるものから順に取り出した。豆腐、卵、きゅうり、味噌。最後にうなぎのパックを置いたとき、数子の視線がぴたりと止まる。
「……ちょっと、それ」
「はい?」
「それ、値引きシールじゃないの」
郁実は一瞬、何を責められたのか分からなかった。確かに値下げ品ではある。しかし身は崩れていないし、家で食べるには十分だと思って買ってきたものだった。
「ええ。値下げされていましたけど、見た目は悪くなかったので」
「縁起物なのに半額って……」
数子は顔をしかめ、うなぎのパックをつまむように持ち上げた。値札を確かめる目つきが鋭い。
「こんな安物、食べられたもんじゃないわ」
「期限が切れてるわけじゃないし、温めれば、普通に食べられますよ」
「普通に、ねえ。こういう日くらい、ちゃんとしたものを食べたいじゃない」
郁実は黙って数子からパックを受け取り、調理台へ戻した。すみません、とは言わなかった。謝ることではないと思ったからだ。しかし、案の定数子は、そこで引かなかった。
「郁実さんも働きに出ているのに、どうしてこんな惨めな食事をしなくちゃならないのかしら」
思わず郁実の手が止まった。
