夕方のスーパーは、仕事帰りの客で混み合っていた。郁実は通勤用のバッグを肩にかけ直し、入口のかごを手に取った。
「今日はもう、出来合いでいいかな……」
誰に聞かせるでもなくつぶやきながら、郁実は惣菜売り場へ向かった。
今日は朝から職場でトラブルが続き、帰るころにはすっかり疲れ切っていた。夕食くらいは、なるべく手早く済ませたい。揚げ物の棚を通り過ぎたとき、店内放送が流れた。
惣菜で済ませたい夜
「本日は土用の丑の日です。うなぎの蒲焼き、鮮魚売り場にて販売中です」
郁実の足が止まった。土用の丑の日。すっかり忘れていた。
「まずいな……」
頭に浮かんだのは、同居している義母、数子の顔だった。
数子は縁起物や季節の行事にうるさい。七草がゆ、節分の豆、冬至にはかぼちゃ。そういうものを外すと、あからさまに不満をにじませるのだ。
「土用の丑の日にうなぎがないなんて信じられない」
耳の奥に聞こえた幻聴に、郁実はため息をつき、鮮魚売り場へ向かった。
特設コーナーには「土用の丑の日」「国産うなぎ」「スタミナ満点」と書かれた札が並び、パック入りの蒲焼きが照明を受けてつやつやと光っていた。しかし、値段を見た瞬間、思わず手が止まった。
「高い……」
1尾分の価格は、普段の夕食の材料費を軽く超えていた。夫の啓太と数子と自分、3人分を用意すればかなりの出費になる。縁起物だと分かってはいても、抵抗があった。
「どうしようかな。いっそ忘れてたふりでも……」
そのとき、特設コーナーの下段に、半額シールの貼られた蒲焼きが数パック残っているのが目に入った。郁実は思わずかがみ込んで手に取る。
「これなら、まあ……」
3人分を買っても、何とか許容範囲だ。たとえ値下がりしていても、うなぎには違いない。
「よし、我が家はこれで十分」
自分に言い聞かせ、郁実は半額のうなぎを3つ、かごに入れた。手早く他の食材を買ってスーパーを出ると、生温い風が顔にかかった。
