「俺はタバコなんて吸わんぞ……」

「なんだ、その話か……」和隆は納得した。

洗濯物をベランダで干していると、タバコ臭くなっている。そんな不満を妻のひとみが訴えたのは、これが初めてではなく、つい先週も同じ苦情を聞かされていた。

「この3カ月ほど、こういうことが続いているのよ……」

ひとみは仕事柄、いろんな食材や料理の味見をする。そのため、人よりも味覚が鋭かったが、臭いにもかなり敏感なほうだった。

「ただ、俺はタバコなんて吸わんぞ……」

和隆はそう言い、首を強く横に振った。医者なので、タバコは「健康に悪い毒物」としか思っていない。自分で吸わないだけでなく、タバコを吸う人も少々苦手だ。

「何もあなたが吸っているとは思ってないわよ」ひとみは言った。

「もしかしたら、下の階の人が吸っているんじゃないかしら」

「下の階に行って、一度注意してきてよ」

「下の階の人か……」

和隆はつぶやいた。その可能性については以前も考えたことがあった。和隆もひとみもタバコを吸わない以上、洗濯物がタバコ臭くなる理由はそれしか考えられなかった。

「下の階、最近引っ越してきたみたいだし。もしかしたらタバコを吸う人なのかも」

「まあ、それしか考えられないよな……」

和隆も同意するしかなかった。

「ねえ、あなた、下の階に行って、一度注意してきてよ」

「ええ、俺が?」

和隆は目を丸くした。普段、診察室では専門家として強気の診察スタイルだったが、診察室の外では大人しい性格だった。

「けど、タバコを吸うなとも言えないしなあ……。ほら、どうせドラム式の洗濯乾燥機を買ったんだし、できるだけ乾燥機を使うことにして、ベランダには干さないようにすればいいだろ?」

「そんなの無理よ。乾燥機にかけたらシワになっちゃうじゃないの。電気代だって馬鹿にならないし。お布団だってたまにはお日さまにあてたいしね」

ひとみは口をとがらせる。

――面倒だな……。

和隆は心からそう思ったものの、ひとみの言い分に一理あることは認めざるを得なかった。