白岩和隆は都内に住む67歳の医師。大学病院に勤務したのち、都内に内科クリニックを開業。妻・ひとみ(62歳)は管理栄養士で、飲食チェーンのコンサルとして活躍している。

白岩和隆がタワマンを購入したのは、5年ほど前のことだった。それまで住んでいた世田谷区の一戸建てを手放し、湾岸エリアに新築された2LDKのタワマンを約1億円で購入。以来、自宅として夫婦で住んでいる。

穏やかな暮らしを好む和隆は、もともとタワマンに対して、あまりいいイメージを持っていなかった。メディアの影響で、成金が集まり騒いでいるような印象があったからだ。

ただ、一人娘が関西の医大に入学し、夫婦二人暮らしになったことで、一戸建ては広すぎると感じるようになった。

庭の草むしりや、雨どいの修理など、維持が大変なことも、一戸建てを手放す後押しになった。

「ちょうど不動産価格が上がってきているし、維持の大変な一戸建ては売って、どこかにマンションでも買うか……」

そう思って訪れた不動産会社から、「タワマンはむしろ落ち着いた方が多いですよ」と聞き、購入を決断したのだった。

以来、湾岸タワマン生活を楽しんでいたが、最近になって、後悔するような出来事が続いていた……。

「洗濯物がタバコ臭いのよ……」

「ねえ、あなた、まただわ……」

ベランダから戻ってきたひとみが言った。何か嫌なことがあったのだろう、眉間に深々とシワを寄せている。

「ああ?」和隆は生返事をした。ちょうどスマホで株式市場の動きをチェックしていたので、妻の変化にはあまり注意を払っていなかった。

ただ、ひとみは時々ヒステリックに怒ることがあるので、あまり無視しているとひどい目にあう。和隆はスマホを置き、ひとみに向き合った。

「どうした? 何かあったのか?」

ひとみは肩をすくめ、手に持った白いTシャツに鼻を近づけ、くんくんと臭いを嗅いでみせる。

「また、洗濯物がタバコ臭いのよ……」