「このまま絶縁ですかね」
それから幾日も経過したある日、里穂さんから連絡をいただいた。
「ちょっと契約書を作ってほしくて……」と彼女の声を聞いたときは驚いたが、私は二つ返事で快諾。
久しぶりに会う彼女は多少やつれてはいたものの、元気そうだった。
彼女は負い目があるのか私が聞くよりも早くその後の相続の行方を語る。
「結局、遺言書通りに相続を進めました」その言葉を聞き、私は「だろうな。」と納得する。
次いで「あれ以来、私も里奈も兄とは一切連絡を取っていません。このまま絶縁ですかね」と重い一言を発する。
つい数年前まで仲のよかった兄妹は今や悲惨な関係になってしまっているわけだ。おそらく、誠也さんが特別受益の持ち戻しを免除するような遺言書を書かなければこうはなっていなかっただろう。
公平性を欠く相続は家族の絆を壊す。「残された家族なら理解できるだろう」と安易に特別受益の持ち戻しを免除するような遺言書は書くべきではないのだ。
遺言書は結局のところただの文字の羅列だ。文字では人の気持ちはそう簡単には伝わらないし、伝わったとて遺族が納得するかはまた別だ。
確かに、特別受益の持ち戻しを免除するような遺言書も法律上は有効だ。しかし、だからといって遺族の納得を得られるとは限らない。
遺言書は故人の遺志実現のための書であるが、同時に遺族同士の関係性を守るためのものでもある。
読者諸兄の中に、特定の相続人に対して生前の贈与を多分に行っているような方はいないだろうか。そういった方には強く伝えたい。安易に特別受益の持ち戻しを免除してはならない。相続は極力生前の状況含めて公平にすべきだ。
大切な家族が自身の遺言書をきっかけに崩壊してしまわないためにも、特に特別受益の持ち戻しの免除についてはよくよく考えていただきたい。
そのことを、私は強く伝えておきたい。
※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。
