入園式への不安と義母の影
入園式の朝、百合子は鏡の前でジャケットの襟を整え、くるりと回ってから大きくうなずいた。薄いベージュのセットアップは派手ではないが、控えめで上品な意匠が気に入っている。リビングでは先に支度を終えた康介が優斗にジャケットを着せようとしていたが、当の本人は新しい上履き袋を抱えたまま、興奮を持て余すように走り回っている。
「ゆうくん、走らないで。転ぶよ」
「ママ、はやくいこ」
「うん。でもその前に上着着ようね」
百合子は康介からジャケットを受け取ってしゃがみ込み、ボタンを1つずつ留めた。この子は、あと何度着替えを手伝わせてくれるだろうか。そんな感傷にひたっていたのも束の間、玄関のチャイムが鳴った。
「……はい」
百合子が扉を開けると、そこにいたのはセレモニースーツ姿の初枝。髪もきっちりと整えられ、薄く口紅まで引いてある。
「おはよう。間に合ったわね」
「何にですか」
「何にって、入園式に決まってるでしょう」
「前にも言いましたけど、親しか入れません」
「そんなの、行ってみなきゃ分からないじゃない。事情を話せば入れてくれるわよ」
初枝はそのまま上がり込み、百合子を上から下まで眺めた。
「その格好で行くつもり?」
「ええ、これで行きます」
「ずいぶん安っぽいわね。親がそんな格好していたら、子どもの品格まで疑われるわよ。せっかくの式なのに」
「母さん、やめろって」
康介が注意しても、初枝は意に介さない。
「だって本当のことじゃない。私はこの子のためを思って言ってるの。ねえ、ゆうくん、ばあばと一緒に行きましょうね」
優斗は百合子の脚にぴたりとくっついたまま、困惑気味に初枝を見上げている。腕時計を見ると、もうあまり時間に余裕がない。百合子は言いたいセリフを飲み込み、バッグを手に取った。
「康介、もう出よう」
「そうだな。行くよ、優斗」
「ちょっと、私の話まだ終わってないわよ」
「すみません、今は時間がないので」
そう言って玄関へ向かうと、初枝も後ろからついてくる。彼女を締め出している時間すら惜しかった。百合子は一瞬迷い、それから言った。
「お義母さん。戸締りだけ、お願いします。鍵はポストに」
初枝は不満そうに眉を上げたが、しぶしぶ鍵を受け取った。優斗の手を引いて外へ出ると、春先の空気はまだ少し冷たい。百合子は足を速めながら、胸の奥に残ったざらつきを必死で押し込めた。
●育児や生活に口を出し続ける義母・初枝は入園式の朝、セレモニースーツ姿で押しかけ、嫁である百合子の服装まで侮辱する。初枝を家に残したまま式に向かった百合子たちだったが、帰宅後にさらなる事態が待っていた…… 後編【「3歳の子にむきになって何がしつけですか」入園式後に居座る義母…嫁の怒りはついに爆発】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
