昼下がりのリビングで、百合子は膝の上に息子の優斗を抱きかかえ、絵本を開いていた。曇った窓ガラスからは、冬の日差しがかすかに差し込んでいる。
「あ! わんちゃん!」
優斗はページの端に描かれた犬を見つけて、指先でちょんと示した。厚手の靴下をはいた小さな足が、宙でぶらぶらと揺れる。
「そうだね、わんちゃん……犬さんだね。この犬さんは、何をしてるのかな?」
「犬さん、おそといく?」
「うん、お外行くかもしれないね。ほら、お帽子かぶってるでしょう」
優斗が絵本にぐっと顔を寄せ、「ほんとだ」とでも言いたげに、息をこぼしたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。百合子は、そっと優斗をソファに下ろし、産毛のような髪の毛を撫でる。
「ちょっと待っててね」
「はあい」
アポなしで現れる義母
玄関の扉を開けると、義母の初枝がマフラーを首にきっちりと巻き、紙袋をさげて立っている。今日も事前の連絡はなかった。
「近くまで来たから寄ったの。ゆうくん、この時間なら起きてるでしょう?」
「ええ、起きてますけど」
「よかった。寒いわねえ。入るわよ」
百合子は何も言わず、ただ黙って身を引いた。初枝は当然のように靴を脱ぎ、リビングへ入るなり声を張り上げる。
「ゆうくーん。ばあばが来たわよ」
「ばあば」
「そう、いい子ね。ほら、ゆうくんの好きなお菓子買ってきたの。あとで食べましょうね」
優斗が紙袋をのぞき込むと、初枝は目尻を下げた。その様子だけを見れば、純粋に孫をかわいがる祖母にしか見えない。
しかし次の瞬間には、彼女の視線は部屋の中をなめるように滑っていく。どこかに難癖のつけどころがないか、探しているようだった。やがて初枝はソファに腰を下ろし、絵本を手に取った。
「もっと文字の多い本のほうがいいんじゃない? 春には幼稚園でしょ」
「でもまだ3歳前ですし、本人が好きなのを読んでます」
「それじゃダメ。今のうちから差がつくの。親がしっかりしないと」
初枝と顔を合わせるたび、結婚の挨拶へ出向いた初対面の場面を思い出す。
授かり婚なんてだらしない。順番も守れないなんてみっともない。まだ若いんだから、今なら間に合うんじゃないの。
あのときのことを、百合子は絶対に忘れない。最終的に初枝は「堕ろせばいい」とまで言ったのだ。
それなのに、優斗が生まれると、何事もなかった顔で会いに来るようになった。抱っこしたい、写真を撮りたい、顔を見たい。あまりにも虫がよすぎる、と百合子は思う。
「ママ、よんで」
先ほどとは別の絵本を抱えて、優斗が駆けてくる。百合子が手を伸ばしかけたところで、初枝が先に奪い取った。
「ばあばが読んであげる。ほら、ゆうくん、こっちおいで」
息子に向けられる猫なで声を聞きながら、百合子は思っていた。この人を好きになれる日は、きっと来ないだろうと。
