北山の一方的な要求
「では、もう一度部屋に来てください。一緒に状態を確認しましょう」
「え……」
思わず声が途切れた。
佐奈が返事に迷ったほんのわずかな間に、北山は続ける。
「来週なら木曜の夕方が空いています。そちらもお仕事があるでしょうから、夕方6時にしましょう」
「あの、急に言われても」
「こういうことは、早めに片付けたほうがお互いのためです」
「それは、そうですけど……」
「では木曜6時で。マンションの前でお待ちください」
それは相談ではなく、決定だった。佐奈は「はい」とも「いいえ」ともつかない返事をした。
「では、その日に」
「あの、北山さん」
「失礼します」
通話は一方的に切れた。やがてスマホ画面から光が消え、自分のぼんやりした顔が映る。
「……何なのよ、あいつ」
思わず悪態をついた自分の声は、思ったよりずっと小さかった。自分の認識が甘いのか、それとも相手の言い分がおかしいのか。ただ1つ分かるのは、北山が最初からこちらの話をじっくり聞くつもりではなかったことだけだった。
「はあ……どうしよう」
決まってしまった約束が、恨めしくて仕方がない。
何もない床の上に身を投げたまま、佐奈はしばらく動けなかった。
●新居への引っ越しを終えたばかりの佐奈のもとに、前住居のオーナー・北山から25万円もの修繕費請求が届いた。電話で抗議するも一方的に話を進められ、木曜日に再び部屋を確認すると言い渡されてしまう。途方に暮れた佐奈の行方は…… 後編【「持つべきものは不動産屋の友達」女性に高圧的だったオーナーを一変させたプロ目線の交渉術とは?】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
