開け放った窓から入り込む春の風が、先ほど取り付けたばかりのカーテンをやさしく揺らしている。部屋の真ん中に陣取った麻紀は、カーディガンの袖をまくりながら、ひたすら荷解きを進めていた。そして最後の段ボールを部屋の隅へ押しやると、ようやく小さく息をついた。
「とりあえず、今日はこんなもんかな」
白い壁に囲まれたワンルームは、まだどこかよそよそしい。それでも、ここがもう実家ではないという事実が、麻紀には何よりも喜ばしかった。
「麻紀、洗剤はこっちの棚に入れておくからね」
キッチンから母が振り返る。自分だけの空間のはずなのに、母がそこにいるだけで急に窮屈に感じられた。
「お母さん、あとで私やるから」
「駄目よ。すぐ使うものは早く片付けないと……あー、あとこれ、このスポンジじゃすぐへたるわよ。今度もっと丈夫なの持ってきてあげる」
「いらないよ。自分で買うし」
つい強めに言い返してしまったが、母は特に気にした素振りもなく冷蔵庫の中をのぞき込み、「あんまり入らないわね」と呟いた。父は父で、ベランダの物干しを見ながら、「部屋干しのほうがいいかもしれないな」と口を挟む。
「2人とも、ありがとう。もう大丈夫だから」
「そう? お母さんたち、まだ時間あるわよ」
「いや、ほんとに大丈夫」
親元を離れた理由
就職が決まったとき、麻紀はほとんど反射のように、県外の支店への配属を希望した。都会に出たいからだけではない。ようやく、親元を離れるためのもっともらしい理由ができたのだ。それを利用しない手はなかった。
「困ったことがあったら、すぐ電話しなさい」
帰り際、玄関で念を押す母。
麻紀の両親、特に母親は昔から娘に対して過保護気味だ。大学時代には、1人暮らしが許されなかったのはもちろん、少しでも帰りが遅くなれば連絡が来て、いつも必要以上に心配された。ありがたいことだと分かってはいる。しかし、生活の隅々にまで目を配られるのは、やはり息苦しかった。
「忙しくても、ちゃんとごはん食べるのよ」
「分かってるって」
「コンビニとか、外食ばっかりじゃ駄目だからね」
父は、いつまでも帰らない母に苦笑しながらも、穏やかに言った。
「まあ、あんまり無理はするな。いつでも帰ってきていいからな」
「うん、ありがとう」
早く1人にしてほしい。内心そう思いながらも顔には出さず、麻紀は2人を見送った。ドアが閉まり、足音が遠ざかると、小さな部屋の中に一気に静けさが押し寄せた。
「ふう……」
しばらく麻紀は、玄関に立ち尽くして感慨に浸っていた。
これからは全部自分で決めていい。誰にも文句を言われず、自分の思うようにしていいのだ。
そう思った途端、にわかに気分が高揚する。
くるりと踵を返して段ボールだらけの部屋を見渡すと、麻紀はスマホを取り出して写真を1枚撮った。
