<前編のあらすじ>

18歳の息子・武彦が大学受験に失敗し浪人を決意する。夫・博臣は受験や予備校にかかる費用を理由に厳しく叱責するが、武彦の弁護士になる夢を知る母・和美は、自分の稼ぎで全額支援することを決める。

和美は夫に内緒で年間100万円以上の予備校費用を負担し続ける。武彦は真面目に勉強し、模試でも良い結果を出すようになるが、父子関係は悪化したままだ。

秋になり、武彦は今年は滑り止めを多めに受けると言う。都内だけでなく地方も含め10校以上の名前を挙げた。和美が調べると受験料だけで30万円を超え、さらに旅費も必要だと分かり、頭を抱える。去年、博臣が費用について叱った気持ちがようやく理解できた。

●前編【「私の稼ぎで浪人させる」受験全滅で悪化する父と子の関係…年間100万超の授業料を支払うと決めた母の覚悟

30万超える受験料に頭を抱える

それから和美は多額の受験料をどうやって捻出するかを考えてみたものの、今から急に収入が増えるわけでもなく、事態はそう簡単ではなかった。

現役のときに志望校を絞ったことを後悔しているのだろう。また、受験の結果というのは試験時のメンタルに大きく左右されるらしく、第一志望を受けるときに合格を1つ持っているのと持っていないのとでは、挑む心持ちが180度変わってくるらしい。本命の前に1つ勝ちを拾っておく。そういうことだろう。

けれど、ない袖は振れないのも確かだ。今さら博臣に泣きつくことはしたくない。むしろそれで武彦と喧嘩したり、余計に関係がこじれたりすれば、元も子もなくなってしまう。今はとにかく武彦が勉強に集中できる環境を作ることが大事だった。

和美は悩み抜いた結果、受験する大学を減らしてもらおうと決めた。せめて今の半分くらいにしてほしかった。そうすれば負担も減って支払いに困ることはなくなる。

そう決めて深夜に勉強をしている武彦の部屋をノックした。

「……何?」

「夜食を持ってきたの」

そう言うとドアがゆっくりと開かれる。お皿にのせたおにぎりを武彦は受け取る。

「ありがとう。それじゃ母さんは早く寝てなよ」

受験する大学を減らしてくれと和美は伝えようと思った。

しかしそのときに机の上が目に入ってきた。くたびれた参考書には付箋がいくつも貼られてある。さらに問題集も使い込んでいるのが見て取れた。

「……どう? 勉強は順調?」

「……どうだろ? もうよく分からないよ。一応やれるだけのことをやろうと思ってるから。母さんに迷惑をかけてしまってるからなんとか合格を掴みたいと思ってる」

武彦の顔からは不安なのか疲れなのか分からないが、暗いものが感じられた。瀬戸際だと武彦はもちろん感じていて、追い詰められているのだろう。

母親として武彦を支えると決めた以上、かけるべき言葉は1つだった。

「そんなのを子どものあなたが考える必要はないの。あなたは自分の夢を叶えるためだけにやってればいいんだから。あなたなら必ず合格できる。私はそれを誰よりも信じてるからね」

和美の言葉に武彦は軽く頷いた。

「……ああ。ありがとう」

「それじゃおにぎりを食べたら今日はもう寝なさい。休憩をしっかり取ることも大事なんだから」

それだけ言うと和美はドアを閉めた。リビングに戻った和美の中にもう受験料を払うことへの迷いはなくなっていた。