日本が「資産運用立国」を達成するためには何が必要なのか。各分野のキーパーソンに聞く「エンリッチ・ジャパン」。今回は、世界有数の資産運用会社でありながら日本株式のポテンシャルに着目した新たな運用戦略を展開している、アライアンス・バーンスタイン(AB)の阪口和子社長へのロングインタビュー(前後編)。

前編では、ここ10年ほどで起きた国内の資本市場の大きな変化と、それに対する海外投資家の評価、これから日本企業に求められることなどについて、語ってもらった。

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――「失われた30 年」と言われるほど、日本企業やマーケットが長期停滞を余儀なくされた要因は何でしょうか。

おもに4つの要因があると考えられます。まず、株式市場や不動産市場のバブルが崩壊して、銀行の不良債権が膨らんでしまい、経済活動が停滞したのは大きな痛手でした。次は、その影響もあって、企業はグローバル化への対応が遅れて、国際的な競争力が低下しまったことが挙げられるでしょう。3点目は、そこに人口構造の大きな変化が重なったことです。想定していた以上に少子高齢化が進行し、人口減少が加速。日本経済の活力が失われました。

そうした要因が複合的に絡み合った結果、4点目として、デフレマインドが日本中に蔓延し、なかなか払拭できなかったことが長期停滞を招いたと考えられます。デフレマインドは家計のみならず企業にも及び、貯蓄志向が強まり、投資を控えるようになりました。

――デフレマインドは払拭されたといえますか。

デフレマインド自体はなくなったと思います。ここ数年、物価の上昇は顕著となっており、政府や日銀の想定よりも上振れている状況です。明らかなインフレに転じたことが状況を大きく変えたと言えるでしょう。

しかし、新たな問題が出てきました。それは、賃金の上昇がインフレに追い付いていないことです。家計に回る資金の循環に勢いがなく、経済格差が広がっています。日銀にとっては、物価上昇を食い止めるべく追加の利上げを行いたいところですが、賃金上昇がインフレを下回っているので躊躇しているとみられます。

実際、その状況は銀行預金にも表れています。銀行業界の方々に聞くと、今年の夏のボーナス時、預金に回るお金はこれまでよりも減ったそうです。利上げによって預金金利は上がったにもかかわらず、デフレだったときよりも預金に回るお金は減ってしまっている。これまで貯蓄されていた資金は、生活費に使われているとみられています。デフレマインドはなくなったけれど、家計が萎縮している状況は続いているわけです。

以上を踏まえると、本質的に日本の経済状況が改善したとは言い切れません。これからも高水準の賃金上昇が続くのか、それが中小企業にも波及していくのかが、日本の将来を左右するカギとなるでしょう。

――国内マーケットに目を向けると、「資産運用立国」を旗印に日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの制定、株式市場区分再編など、政府や取引所からさまざまな施策が打ち出されました。これらをどのように受け止めていますか。

非常に高く評価しています。こうした施策によって、日本の上場企業の姿勢が大きく変わったからです。例えばコーポレートガバナンス・コードの導入によって、独立社外取締役を3分の1以上選任している上場企業は、導入前の2014年の6.4%から24年は98.1%と急増しています。また、コード導入前に指名委員会、報酬委員会を設置しているのはいずれも1割程度でしたが、24年には9割を超えました。コーポレートガバナンス強化の必要性や資本効率改善への意識が高くなり、株式の持ち合い解消も進んできています。

改めて振り返ると、ここ10年の国内マーケットは相当な強靭性を見せてきたと言えるでしょう。コロナ禍や世界的な地政学リスクの上昇に加え、国内では度重なる大きな自然災害に見舞われましたが、株価は停滞するどころか上昇を続けてきました。「失われた30年」と言われますが、企業改革という観点では、少なくとも直近10年間は「決して失われてはいない」のです。

――上場企業の改革は大きく前進したというお話ですが、これからの課題にはどんなものがありますか。

シンプルに言うと、資本コストや株価を意識した経営、ということになります。先ほど述べたように、ガバナンスの形式面での整備は進みました。ですが、企業の稼ぐ力やマーケットからの評価となると、欧米企業と比較するとまだまだ物足りません。収益力の改善など実効性の向上が課題といえます。

日本企業と欧米企業のROE(株主資本利益率)を比較すると、日本企業はTOPIX500(※)に選定されている銘柄のうち、ROE 8%以上の企業は6割ほどで、15%以上となると2割弱になります。一方、米国のS&P500構成銘柄では、ROE 8%以上は86%を占め、15%以上も6割強に上ります。欧州主要600社で構成されるSTOXX600でも、ROE 8%以上は8割強で、15%以上は5割弱です。欧米との差は小さいとは言えませんが、この10年での日本企業の改善ペースからすれば、決して追いつけない水準ではありません。

※TOPIX500は、日経平均株価とともに国内上場企業の株価の値動きを示す代表的な指数であるTOPIX(東証株価指数)の構成銘柄のうち、時価総額上位500銘柄の時価総額加重平均で算出される指数。