サッカーはやめろ

夜、面会時間終了間際に病室のドアが静かに開いた。

振り返ると、スーツ姿の孝雄が無言で入ってきた。表情や佇まいからは明らかに苛立っていることが見て取れる。メールにあった通り、出張を切り上げ、病院に向かってきてくれたらしい。

「どうだ、調子は」

玲菜には目もくれず、孝雄はベッドに横たわる雄星に近づいた。

雄星はすでに目を覚ましていたが、天井を見つめたままで、何も言わなかった。代わりに玲菜が答える。

「1週間くらいで退院できるだろうって、先生が……」

「そうか」

息子を見下ろしながら、孝雄は「もう、サッカーはやめろ」と決定事項のように告げた。その瞬間、押し黙っていた雄星が弾かれたように顔を上げた。

「は? なんで……」

「自己管理もできない奴にスポーツをする資格はないだろう。顧問も指導者として問題がありそうだし、お前を任せておけない」

「いや、先生は何も悪くないし……」

「どこがだ? 激しい接触プレーが起きたのに、すぐ練習に復帰させるなんて非常識だろ。しかも、事が大きくなるまで保護者に知らせもしないで」

「それは、俺が大丈夫だって言ったからで……」

「とにかく部活に戻ることは許さない。退院したら退部届を出すこと。わかったな?」

そう言うなり孝雄は踵を返して病室を出て行った。まるで用は済んだとばかりに。視線を戻すと、不満げな雄星と目が合う。

「母さん……」

「待ってて」

立ち上がった玲菜は孝雄の後を追いかけ、足早に病院の廊下を歩く彼の隣に並んだ。