「移動すれば、成功できる」。そんな言葉を耳にする機会が増えました。

海外移住や旅行、ワーキングホリデー、地方移住、ノマドワーク、海外留学、移民など。コロナ禍以降、人の移動はこれまでになく注目を集めています。

たしかに、移動は新たなチャンスや出会いをもたらすものです。その一方で、誰もが自由に移動できるわけではなく、そこには見えない格差や分断が潜んでいるかもしれません。

社会学者の伊藤将人氏に「移動」がもたらす光と影を見つめ直してもらいます。(全4回の3回目)

●第2回:「移動すれば成功できる」は本当か? 成功の可能性を高める「見えない資本」とは

※本稿は、伊藤将人著『移動と階級』(講談社現代新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

移動は無駄な時間?

移動と成功をめぐる議論には、もう一つ、よく聞くパターンがある。それは、「移動中の時間を無駄にしない人が成功する」という“移動時間術”に関するものである。

その多くは、生産性やタイパ(タイムパフォーマンス)の向上を達成するために、移動中に実践するべきことを教えてくれる。よくあるのは、移動時間は読書するべき、最新ニュースをチェックするべき、メールの返信は移動中に行うべきなどの“ハック”である。一見すると、これらはスマホが登場し、Z世代のタイパ重視が叫ばれる現代固有の主張に思われるが、調べてみると数十年前の本でも同じような主張はされていた。

ただ、パソコンとインターネット、そしてスマートフォンの登場と普及が、これらを利用できる人々、駆使して仕事をする人々の生活様式や働き方、さらには自己と他者の新しい関係の形式をもたらすようになったことは明らかである。パソコンやスマートフォン、電子タブレットやスマートウォッチなどといった「小型化されたモビリティーズ(Elliot and Urry:2010)」は、高まる「移動しながらの生活」を促し続けている。