「移動すれば、成功できる」。そんな言葉を耳にする機会が増えました。
海外移住や旅行、ワーキングホリデー、地方移住、ノマドワーク、海外留学、移民など。コロナ禍以降、人の移動はこれまでになく注目を集めています。
たしかに、移動は新たなチャンスや出会いをもたらすものです。その一方で、誰もが自由に移動できるわけではなく、そこには見えない格差や分断が潜んでいるかもしれません。
社会学者の伊藤将人氏に「移動」がもたらす光と影を見つめ直してもらいます。(全4回の1回目)
※本稿は、伊藤将人著『移動と階級』(講談社現代新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
移民が生み出すイノベーション
「移動が成功を導く」「移動がイノベーションを生み出す」という主張は、多くの場合、経験則や直感に基づいて語られることが多い。デジタル化が進み、移動しなくてもできることが増えているからこそ、移動することで偶然な出会いやつながり、発見が生まれる。そして、それがイノベーションにつながるというわけである。
しかし実は、特定の分野では、学術的にも古くからこの手の議論はされてきた。たとえば、移民がもたらす経済効果や起業に関する研究は、多くのことを私たちに教えてくれる。
経済学者のペトラ・モーザーらは、特許出願数と取得数を調査することで、ナチス・ドイツから逃れたドイツ系ユダヤ人が、アメリカの特許取得数に大きな影響を与えたことを明らかにした(Moserほか:2014)。同じく、アメリカにおける特許データを分析することで、イノベーションのうち高スキルの移民が直接的に発明したものが15%、間接的な影響によるものが23%で、38%程度の発明が高スキルの移民によるという研究もある(Bernsteinほか:2022)。
さらに、米国の移民は、米国生まれの市民よりも米国で起業する可能性が80%高いという研究結果もある(Azoulayほか:2022)。2006年から2012年の間にベンチャーキャピタル投資を受けて株式を公開した企業の33%は創業者の少なくとも一人が移民であること、アメリカの主要企業の40%は移民かその子どもによって設立されていること、2016年にはユニコーン(時価総額10億ドルを超える稀有なスタートアップ企業)の半分が、移民の設立した会社であることも明らかにされている(Diamandis and Kotler:2020)。
他にも、1995~2005年にアメリカで設立されたハイテク企業の創業者を調べた結果、創業者に外国人が含まれている企業は2005年には520億ドルを売り上げ、45万人弱の雇用を創出していることを明らかにした研究もある(Wadhwaほか:2007)。