姉が部屋に入ってきて
「なに、やってんの」
唐突に背後から声がして、仁美は慌ててノートパソコンを閉じた。振り返ると暁美が立っていた。
「な、なんで入ってきてんの」
「鳴らしたよ? それに鍵開いてたし。不用心なのはそっち。で、今何やってたの?」
「お姉ちゃんには関係ないでしょ」
「何それ。中学生の男の子じゃあるまいし。別に隠すような変なサイト見てたわけじゃないんでしょ?」
「うるさいな。商談だよ、商談!」
遠慮なく近づいてくる暁美を遠ざけるために、仁美は大きな声を出す。けれど全くの逆効果だった。
「商談? どういうこと?」
「だから、毛糸の人形売ってるのが目に留まって、もっとビジネスを拡大しようって声をかけてくれた人がいるの! もういいでしょ。ほっといてよ」
仁美は机の上のノートパソコンに覆いかぶさるように突っ伏した。
「25万って聞こえたけど、ビジネスの拡大って何? 情報商材ってこと? ねえ、それ詐欺とかじゃないよね? ちょっと、仁美聞いてるの?」
「ほっといてってば」
「ほっとけないよ。だいたい25万なんてお金ないでしょう」
「あるよ。お姉ちゃんには関係ない」
「まさか、お母さんが遺してくれたお金使うつもりじゃないでしょうね?」
「触らないで!」
肩を掴まれた仁美は反射的に身体を起こし、暁美の手を振り払った。その拍子に、仁美の手の甲が暁美の頬に当たった。仁美が謝ることができずにいると、暁美は苛立ちをにじませた表情で仁美を見たあとで深いため息を吐いた。
「分かった。もう勝手にしたらいいよ。一応忠告はしたからね?」
暁美は部屋を出て行った。仁美は追いかけなかった。玄関の扉が閉められる音を聞いていた。
端から期待なんてしていなかったが、暁美は何も分かってくれなかった。これはチャンスなのだ。仁美は何も間違ってはいない。降ってきたチャンスには、手を伸ばすべきだった。
仁美はすぐに山里へ謝罪の連絡を入れ、会って話すための日取りを決めた。