騙されてるんじゃない

覚悟はしていたものの、改めて聞かされると胸がざわつく。

ずっと勉強一筋で、色恋には縁遠いと思っていた息子。大学に入ってからも、特に女の子と遊んでいるイメージはなかった。それなのに――。あんな派手な子が息子の恋人になった理由が、正美にはどうしても想像できなかった。

「そう……怜奈ちゃん、だっけ?」

「ああ、うん」

「怜奈ちゃんは学生さん? まさかもう働いてるわけじゃないわよね?」
いつのまにか尋問のような口調になっているのが自分でもわかった。大祐は大げさにため息をつき、身を起こすとスマホを置いた。

「同い年。専門学生だよ」

「へえ……それで、向こうのご両親は、お付き合いのこと知ってるの? 会ったことある?」

「ない。姉貴とは会ったことあるけど」

「ふうん、お姉さんがいるの……」

「うん、怜奈とは結構歳が離れててさ、百貨店で美容部員やってるんだって」

「すごいじゃない。きっと綺麗な人なのね。ちなみに、ご両親は何の仕事を?」

言った瞬間、空気がぴんと張り詰めた。大祐が少しだけ饒舌になったことに油断して、踏み込み過ぎてしまったようだ。

「何、その質問」

「別に、ただちょっと……気になっただけよ。あっ、それより今日は、どこに遊びに行ってたの? デートだったんでしょう?」

大祐が不機嫌になったのを察して、慌てて話を変えた。明らかに不自然な話題転換だったが、大祐は渋々といった感じで会話に応じた。

「別に……一緒に買い物して、飯食ってきただけだよ」

「……いいわね。でも、結構お金がかかるんじゃない?」

「うぅん、まあ、バイト代もあるし……」

「バイト代だけで足りるの? まさか大祐が奢ってるわけじゃないわよね?」

「母さん、しつこいって」

「やっぱり、あなたが負担してるのね」

自分でも干渉しすぎだとわかっている、それでも、心配が止められない。つい言葉を選ばずに続けてしまった。

「大祐、もしかして……騙されてるんじゃない?」

その瞬間、大祐の顔色が変わった。彼は勢いよく立ち上がり、正美をにらんだ。

「は? どういう意味だよ、それ」

「だってほら、最近、バイトも増やしてるじゃない? それって……全部、彼女のため?」

大祐は、こめかみを押さえて小さく息を吐いた。そして、静かに、しかし鋭く言った。

「母さん、俺のこと信用してないんだな」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「じゃあ何でそんな発想になるんだよ!? そもそも俺が誰と付き合おうが、母さんには関係ないだろ!」

正美の喉に、言葉が引っかかった。こんなはずじゃなかった。ただ、心配だっただけなのに。

「……だって、あの子、見た目がちょっと……」

「は? 見た目だけで判断するなよ!」

「でもほら、今まで周りにいなかったタイプでしょう? 大祐にはもっと自分に合った人がいると思うのよ。だから…… 」

「……もういいわ。話にならない」

大祐は冷たく言い放つと、自室へと消えていった。ドアが乱暴に閉められる音を聞きながら、正美はリビングに立ち尽くしていた。

●正美は不安をぬぐえないでいた。しかし、夫に相談するも気のない返事が返ってくるばかりか、干渉しすぎだとたしなめられてしまう。気持ちをわかってもらえない。そんなやるせない思いを抱えるなか、正美は散歩途中に怜奈に出会い……。後編:【「息子は騙されてる…」暴走して息子の恋愛に首を突っ込んだ母が心の底から「後悔したこと」】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。