トランプ政権の交渉の手口と今後の展開

「彼を知り己を知れば百戦殆からず」、孫子の兵法だ。トランプ政権の関税を巡る交渉の手口が見えてきた。手口を読むことで今後の展開を読み、投資の成果を上げるための一助となれば幸いである。

 

狂人理論と洪水理論

トランプ大統領は、昔から狂人理論を実践してきたとされている。狂っているので何をしでかすか分からない狂人と見せかけて、交渉の相手から譲歩を引き出す手法だ。相手も狂人理論を実践すれば、際限なくチキンレースに入る。まさに今月の米中の関税引き上げ合戦だ。もう1つは洪水理論だ。ある案件について、好意的、批判的、同情的、恫喝的、好戦的、賛同的などさまざまな情報を流して、どれが真意か分からなくして相手を煙に巻く手法だ。

トランプ政権はどの分野を見ても強硬派と穏健派の両方が入っている。例えば中国についても、反中派だけでなく意外と親中派も入っている。渦中の関税については、強硬派はラトニック商務長官とナバロ大統領顧問、穏健派はベッセント財務長官とグリアUSTR代表だ。

トランプ政権の関税を巡る手口は、強硬派の意見を取り入れて狂人理論を実践し、修正が必要となれば穏健派の意見を取り入れる形で進められている。例えば、4月2日に強硬派の意見を取り入れて狂人のように想定外の高い相互関税を発表した。しかし、その後に株価、国債相場(長期金利上昇)、ドルがトリプル安となれば穏健派の意見を取り入れて、関税引き上げに90日の移行期間を設けてその間に交渉するとした。

ここまでなら、まだ分かりやすい構図だった。しかし、その後も強硬派が巻き返す。例えば、13日には強硬派のラトニック商務長官がテレビの前で、決まってもいない半導体関税について、あたかも決まったかのように発言した。そして、翌日に決まっていなかったことが判明する。これも洪水理論の一環だ。

つまりこういうことだ。強硬派と穏健派が交互に出てきて、相矛盾することをメディアで開示する。こうして、狂人理論と洪水理論で言論空間を満たす。メディアは混乱を超えて恐慌を起こす。そして、何が真実かはトランプ大統領がタイミングを計って、SNSへの投稿やぶら下がり会見で明かす。

 

トランプ政権の手口の限界

しかし、狂人理論と洪水理論でもごまかせない相手がいる。経済理論、そしてその発露の場である金融市場だ。これが先週後半から株価、国債相場、ドルのトリプル安となった原因だ。関税強硬派は、関税引き上げはドル高と金利低下を伴うので、インフレなど経済への悪影響は限定的とみなす。経済理論は、トリプル安になることで、その噓を見抜いたとみて良い。

 

ワイルズ大統領首席補佐官の行司としての介入

ここで、規律の回復のために登場が期待されるのがワイルズ大統領首席補佐官だ。トランプ陣営が大統領選挙戦の間には一糸乱れぬ統制感があったのは、ワイルズ補佐官の功績とされる。あの傍若無人なトランプ大統領でも、ワイルズ補佐官の言う事は聞くと言われている。

ワイルズ補佐官は、6カ月と18カ月が政権運営のメルクマークとして重要と発言したことがある。18カ月は2026年11月に行われる中間選挙の4カ月前だ。2026年7月4日の建国250周年記念に、貿易や麻薬、中東やロシアや中国に対し勝利宣言するタイミングということだ。6カ月は今年7月で、この時点には混乱を収めて政策の方向性を固めることだと理解できる。関税の交渉期限90日は、これに合わせて設定されたと見て良いだろう。関税が決まらないために貿易も投資も旅行も全て止まる事態が長引けば、経済に取り返しのつかない打撃を与えるからだ。

 

今後の展開

今後は2つの極端なシナリオに大別できる。1つは、トランプ政権が現実路線を歩み、支持者である普通の人々(Main Street)の生活、そして米国経済を守る方向へ政策を修正するという見立てだ。もう1つは、ホワイトハウスに信仰局を新設し、キリスト教福音派から脱会してペンテコステ派に宗派を変えたトランプ大統領は、宗教的信条で国家を運営するため、従来のような常識的かつ現実的な判断はしない、という見立てだ。これは、大統領三期目がないトランプ大統領は思想的に関税を重視するため、インフレや雇用の悪化、さらには株価の下落は眼中にないとの見方の背景にもなっている。

今後の関税と貿易の交渉は、トランプ大統領の指名により、主に穏健派のベッセント財務長官とグリアUSTR代表に委ねられることとなった。繰り返すが、90日以内である。結論だが、現時点でトランプ政権は、支持層である普通の人々(Main Street)を重視する意向は変わっていないと見られる。ただし、もしワイルズ補佐官が更迭されるようであれば、見方を変える必要がある。

 

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りそなアセットマネジメント マーケットレポート内「黒瀬レポート」https://www.resona-am.co.jp/market/report/#tabSwitchC03

 

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