50年ぶりの連続下落

株式相場の記録的な急変動や値動きは、長期的なトレンド転換となることが多くあります。その意味で12/5から始まったNYダウの10営業日連続で累計約2687ドル(6.0%)の下落は、強い警告として認識すべきでしょう。これは1974年以来50年ぶりの出来事でした。ただ結論を先取りすると、今回はさまざまな一時的要因が重なっただけだと考えられます。とはいえ、警戒は怠れません。以下、相場を押し下げた材料を個別に見ていきましょう。そして最後に総合的な評価として今後を展望してみます。

 

【1】センチメント指標で強い楽観の行き過ぎ
代表的なセンチメント指数(*1)であるバンクオブアメリカ証券のファンドマネジャー調査や全米個人投資家協会の強気割合は、相当に高い楽観を示していました。これらのセンチメント指数は典型的な逆張り(*2)指標です。楽観や強気見通しの回答が多いということは、多くの投資家は既に株式を買った後で売るタイミングを見計らっていることを意味します。投資家のセンチメントが楽観に傾き過ぎていたことは、相場の調整のきっかけとして非常に重要だったと思います。

今後について、相場の下落で行き過ぎた楽観が調整されていれば、健全な調整だったという理解で良いと思います。

*1 センチメント指数:市場参加者のマーケットに対する市場心理(強気や弱気など)を調査して、それを元に行なう相場の分析のこと。

*2 逆張り:相場が上昇しているときに売り、下降しているときに買うなど、相場の流れに乗って売買するのとは逆の投資手法のこと。

 

  • 【2】高いバリュエーションと生成AIバブル崩壊の懸念

高いバリュエーションは株価収益率(PER)で顕著で直近は約27倍です。この原因はM7の中からエヌビディア、マイクロソフト、アップル、アマゾン、他にもセールスフォースやシスコのような生成AIに関連する株価収益率の高い銘柄がNYダウに組み入れられていることが原因です。言い換えれば、生成AIバブル崩壊の懸念があるということです。

他方、12/20にオープンAIは、新たな生成AI商品「o3」を発表しました。AGI(汎用人工知能)のベンチマーク「ARC-AGI」では高性能を出しており、発売は2025年1月です。

市塲では、データを増加すればするほどAIの性能が上がるスケール則の進化が止まることが懸念されています。しかし、「o3」に見られる通り、まだ進化は続いていると見られます。

トランプ次期政権はAIを産業政策として推進する方針を示しています。閣僚級の担当者として元ペイパルマフィアとされているサックス氏を指名しました。バイデン政権下で連邦議会が立ち上げた「新マンハッタン計画」は、AIを使う軍事的な優位性の確保を目指しています。米国が国家安全保障をかけて立ち上げた国家プロジェクトです。

壮大なバブルの生成と崩壊には、経済学者のガルブレイスなどが演繹的に見出した共通点があります。今の生成AIについては、投資家の裾野の拡大や熱狂などの面で、まだそこまでは至っていない可能性があると見られます。

 

  • 【3】保険金会社CEO殺人事件

12/4にNYダウ採用銘柄であるユナイテッドヘルスのCEOがマンハッタンの中心地で射殺される事件が起きました。問題はその後の世論です。多くの庶民が保険会社の保険金不払いに不満を表明して、保険業界の強欲さを厳しく指弾しました。今後について、日本でかつてあった保険金不払い事件と同様の展開となる可能性があることから、保険セクターの株価を大きく押し下げることとなりました。

 

  • 【4】マイクロン決算

12/18に9-11月期の決算を発表して、半導体の在庫調整が長引き、10-12月期は事前予想を大きく下回るという見通しを出しました。これが嫌気されてハイテク株全体を大きく押し下げました。ただ、2025年前半には在庫調整が終了するという見通しも示したため、悲観一色というわけではありません。

 

  • 【5】FOMC

連邦準備理事会(FRB)は12/18に連邦公開市場委員会(FOMC)の結果を発表しました。そして、FRBが想定する2025年の利下げ回数が9月時点の4回から2回に減ったことが示されました。市場はこれをネガティブサプライズとして受け止めました。ただ、12カ月先のFF金利先物はトランプ当確の前後以来、0.25×4=1%の利下げは行き過ぎだったとして期待が剥落していました。流れとしては元々あったのです。大事なのはこの原因です。トランプ次期政権の減税など財政政策による景気刺激効果が大きければ、利上げによる景気刺激は不要になります。ただその程度は、トランプ政権が発足しないと分かりません。FRBは一応の目途を示しただけと理解すべきでしょう。もっと言えば、近年のFRBの見通しは精度が低く、市場は一応の目途程度にしか認識していないのが現実です。

なお、11月の大統領選挙後の景気指標の上振れは、脱炭素のための投資減税の前倒しなど、政権交代後の政策変更を見据えた経済活動の前倒しが主因です。

 

【6】政府機関閉鎖問題
12/20までの暫定予算を延長するつなぎ予算法案について、直前の18日に次期イーロン・マスク政府効率省トップが廃案すべきだとXに投稿しました。19日にはトランプ次期大統領も法案に反対を表明したことから、政府機関閉鎖の懸念が急浮上しました。結果的には21日午前12時がつなぎ予算成立の期限だったのですが、約30分遅れて成立しました。とりあえず政府機関閉鎖は回避されました。

今回の騒動について、一部の共和党議員は、イーロン・マスク氏の中国ビジネスの権益を守ることがつなぎ予算に反対した真因だと批判しています。彼によるXへのツイートが株式相場をかく乱する要因になり得ることには、今後も注意が必要だと思います。

 

  • 【7】カナダで政変

12/16にトルドー首相の右腕とされるフリーマン副首相兼財務大臣が辞任しました。直接的な原因はカナダの増加する財政赤字を巡る考え方の違いです。ただ、この背景はトランプ次期大統領がカナダに25%の関税を課すと脅したことへの対処方法があると見られています。これは、辞任劇をトランプ大統領が強く非難したことも傍証の1つとされています。辞任の真相はまだ明らかにされていません。しかし、次期トランプ政権と妥協しようとするトルドー首相に対し、フリーマン財務大臣は主戦論を主張して辞任した可能性はあります。関税引き上げが報復を生む貿易戦争となれば、お互いの経済を痛めつけ合うだけです。貿易戦争がエスカレートする懸念が株価を押し下げる要因になりました。

なお、2018年のトランプ第一次政権でカナダは、鉄鋼やアルミへの関税を引き上げようとするトランプ政権に対抗して、ウイスキー、ハーレーダビッドソン、ケチャップ等の関税引き上げで対抗する意向を示しました。最終的には両国とも関税引き上げを取り下げて貿易戦争は収束しました。

 

  • 【8】値ごろ感

NYダウの10営業日連続の下落で株価水準は11/5の大統領選挙から始まったトランプラリーの起点に戻りました。トランプラリーは2段構成でした。最初はトランプ当確でした。これを受けて中小企業の景況感が急激に大きく跳ね上がりました。減税と規制制緩への期待で企業経営者のアニマルスピリッツが点火したと評価されています。次の材料はトランプ次期大統領が強くこだわった財務長官にベッセント氏が指名された事でした。これは、(1)関税引き上げ、(2)不法移民300万人送還、(3)中東での戦火拡大、(4)減税と規制緩和で景気を刺激して結果的に株価を押し上げる、この4つの選挙公約の優先順位につて、(4)が最優先であることを示したと理解され安心感が広がりました。

しかし、上述の【5】FOMC、【6】政府機関閉鎖問題、【7】カナダで政変にある通り、まだまだ不透明感が強く残ります。そこで株価下落の1つの目途として、トランプラリーの起点に戻ったと理解できます。

 

【9】今後の展望
株価が長期的な上昇相場から下落相場に転ずる場合、過去の事例では景気後退を伴います。従って、今回の株価下落は、景気後退を先取りするものかどうかに着目すべきだと考えられます。それは結局は、【8】値ごろ感の(1)から(4)の優先順位の問題に帰着します。

来年1/20のトランプ政権発足後は、ここが最大の注目点になるでしょう。その前段階として、もしベッセント財務長官やワイルズ大統領首席補佐官が更迭されるようであれば要注意です。イーロン・マスク氏はベッセント氏の財務長官就任に強く反対する意向を示しています。Xへの投稿で、短期的ではあっても市塲にネガティブな影響が出る可能性があることには注意が必要です。

 

■関連リンク:
りそなアセットマネジメント マーケットレポート内「黒瀬レポート」https://www.resona-am.co.jp/market/report/#tabSwitchC03

 

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