ブラックロック・ジャパン 有田浩之社長に自身の金融パーソンとしての歩みをまじえながら日本の運用業界を振り返ってもらい、さらに「資産運用立国」として日本が盛り上がるためには何が必要か提言していただく(前後編)。
後編では、ブラックロックが約1800兆円超を預かる世界最大手の運用会社となる成長の軌跡と、日本の資本市場がより成熟していくために必要なことは何かを語ってもらった。
●前編:「運用業こそ次の時代を担う基幹産業になるべきだと思った」“興銀マン”だったブラックロック有田社長が資産運用業界に転じた理由
――日本興業銀行(以下、興銀)からブラックロックへの転職を決めた理由はどのようなものでしょうか。
決め手となったのは、リスクマネジメントありきの会社だったという点です。創業者のラリー・フィンク(現会長兼CEO)は、かつて投資銀行のファースト・ボストンでモーゲージ債(不動産担保証券)のヘッドトレーダーをやっていました。彼は仕事をしていく中で、運用におけるリスクマネジメントのノウハウが、いわゆるウォールストリートの投資銀行、つまり有価証券の売り手側の中に集中していることに気づきました。
投資家がモーゲージ債を売買して、自分たちに収益がもたらされているにもかかわらず、投資家側にはリスクマネジメントのノウハウがなく、このままではマーケットは発展しないだろうと。そこで、自分たちで運用会社を作って、売り手優位な状況を是正し、投資家に適切なリスクマネジメントを提供するため、ブラックロックを設立したと聞かされました。この話に感銘を受けたんですね。実際、経営資源の3割を割いて最先端のツールを自己開発して、かなり精緻なリスクマネジメントを行っていました。それが現在では「アラディン」というプラットフォームに成長しました。
そうした運用会社は、他にはありませんでした。
ただ、そもそも転職はまったく考えていませんでした。愛社精神旺盛なサラリーマンだったので、興銀を辞めるなんて思ってもいなかった。ですので、最初に誘われてから転職を決めるまで1年かかりました。かなり迷ったのですが、これからの日本にはブラックロックのような運用業が必要になるという強い考えはあり、そこへ飛び込んでいこうと。
あと、ラリーとのひとつの印象的な話では、私自身が持っていた興銀の持株会の株式が簿価の3分の1くらいになっていると言ったら、「それは絶対に売るなよ」と言われたんです。「人生のコミットメントのひとつなのだから持っておくべきだ」と。イイことを言うなと感心したのですが、その株がさらに下がって簿価の10分の1くらいになったときに、「ラリーの話に感動してそのまま持ってたらもっとやられたんだけど」と言ったら、「そんなこと言ったっけ」と言われましたね。君子豹変ということでしょうか(笑)。
――フィンク氏は頻繁に来日され、何度も首相にも会われていますが、日本に対する期待みたいなものは感じられますか。
日本への期待は極めて高いと思います。実は、ブラックロックの最初のお客様は日本の機関投資家でした。そのことに対して非常に感謝をしています。私が入社してからもしばらくは、海外業務と言えば日本を指していましたし、ニューヨーク以外で最初にできた拠点も東京です。
これは私の想像ですが、彼は70年代後半にファースト・ボストンに入社したのですが、当時は『ジャパン アズ ナンバーワン』という本がベストセラーになるなど、日本経済や日本的経営が世界的な注目を集め、評価されていた時期でした。ラリーには日本に対する敬意もあると思っています。
――有田社長が入社して以降、ブラックロックの会社としての規模はどんどん大きくなり、現在では運用残高1800兆円と世界最大となったわけですが、どういう印象を持っていますか。
「お客様のご要望に応えていったらそうなった」ということだと思います。米国の債券運用に特化した運用会社としてスタートし、お客様から、「米国債以外の国債や社債を取り扱って欲しい」といった要望を受けて、ラインアップを増やしていくわけです。同じように、投資対象を債券から株式にも広げ、それぞれのインデックス運用なども始めるようになります。背景には、お客様に真の運用ソリューションを提供するためには、あらゆる資産クラスと運用スタイルを取りそろえることが必要だという考え方があります。
また、タイミングよく、同業他社の買収や合併ができたことも大きかったと思います。例えば、2006年のメリルリンチ・インベストメント・マネジャーズの買収によって、株式の運用ノウハウと欧州拠点をカバーできました。また、09年のバークレイズ・グローバル・インベスターズとの合併によってETFに代表されるインデックス運用のケーパビリティも広がり、運用資産が大きく膨らむことになりました。
――近年、オルタナティブやプライベートアセットも拡大傾向にありますが、それも顧客のニーズということですか。
はい。今は特にプライベートアセットに注力していて、24年には、インフラ専業のGIP(グローバル・インフラストラクチャー・パートナーズ)や、プライベートクレジット大手のHPSインベストメント・パートナーズを買収※しました。
※25年に買収手続きがクロージング予定
今、世界では、プライベートアセットへの投資ニーズが急速に高まっています。インフラ投資を例に挙げると、脱炭素のための設備投資や、サプライチェーンの変更による工場の新設が増えています。一方、老朽化した橋や道路といったインフラを更新する需要も増えています。このようなインフラは、従来政府が面倒を見てくれていたわけですが、先進国の政府は赤字が大きく対応がうまくできなくなっている。そこで、民間企業が民間の資金を導入してやらなくてはいけないという強い思いがあり、投資が拡大する方向にあります。
一方、投資家には、超長期の負債に対応した資産の運用を必要としている年金や政府系ファンド等が存在しますから、両者のニーズを結びつけたいと考えています。