ハラスメント展覧会です!
課長は頬を押さえたまま、怒りと驚きの入り混じった表情で理香子を睨んでいた。もう後には引けないと思った。だから理香子はゆっくりと息を吸い込み、覚悟を決め、腹の底から声を出して言った。
「いい加減にしてください! セクハラです!」
理香子の大声に驚いた課長は唖然としたまま間抜けな顔で口をあんぐりと開けていたが、すぐに何かを言い返さないとと思ったらしく、慌てて口を開いた。
「は、はあ!? 肩を組んだだけやで。そんなんで人をセクハラ扱いするんか⁉ いい歳して何言っとんねん、小林!」
「その発言もハラスメントです! 今日だって清水くん場所取りと買い出しやらせて、そんなのただのパワハラです! セクハラ、パワハラ、モラハラ、エイハラ……課長はハラスメント展覧会です!!」
理香子が日頃の鬱憤をぶちまけると、アルコールで赤らんでいた課長の顔からあっという間に色が引いていった。
「おいおい、そんな大げさな……冗談やろ? ちょっと、小林、飲みすぎたんとちがうか? なあ、お前らもそう思うやろ?」
課長は助けを求めるように周囲を見渡したが、誰も目を合わせようとしなかった。
「それに、とろ……清水だって別に気にしてねえよな?」
課長はすがるように、清水に視線を向けた。清水は一瞬たじろいだが、私と目が合うと、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……気にしてます」
低いが、はっきりとした声だった。課長の表情が引きつった。
「僕、本当はずっと嫌でした。変な名前で呼ばれることも、使い走りをさせられることも……でも、会社ってこんなもんなのかなとか考えて、言えませんでした」
清水の言葉が静かに響いた瞬間、周囲の空気も変わった。
「……私も、ずっと嫌でした。正直、会社辞めようかと思ってました」
さっき彼氏はいるのかと、ターゲットにされていた若い女性社員が口を開いた。
「そうですね。もう我慢しなくていいんじゃないですか?」
「課長、ちょっと調子に乗りすぎですよ」
次々と声が上がった。みんな、ずっと耐えてきたのだ。
課長はしばらく黙り込んでいたが、やがてふんっと鼻を鳴らし、無理に笑った。
「いやあ、みんな冗談が通じひんのやな……ま、今日は飲みすぎってことで、お互い忘れようや?」
課長はその場を取り繕おうとしたが、もう誰も課長の言葉に同調することも、愛想笑いを浮かべることもしなかった。