可愛げがないよなぁ……
課長の大声に、理香子は奥歯を噛みしめていると、とうとう矛先が理香子に向いた。
突然、名前を呼ばれたので理香子は反射的に顔を上げると、立ち上がった北課長が広げられたお菓子や惣菜のあいだをよろめきながら、こっちへ受かって歩いてくるのが見えた。
「ずーっと独り身でさみしないんか? こういうときにパーッと楽しめへんからあかんのや。地味なおばさんが地味な顔してむすっと座ってたら、美味い酒も不味くなるで」
「私は十分楽しんでますけど」
「お前なあ、そんなに気張ってたら、男が寄りつかへんって?」
北課長は理香子の隣に腰を下ろす。
「小林って、さあ、なんかこう……可愛げがないよなあ。男なんておらへんくても生きていけます! みたいな顔してなあ。そんなんだから、結婚できひんのやで」
「課長、ちょっと飲みすぎですよ」
理香子が40代で未婚なのは事実。自分に愛想がないことも自覚している。
だが、それが何だというのだ。強がりでも何でもなく、理香子はちっとも寂しくないし、むしろ毎日楽しく過ごしている。
理香子は、うっすらと冷えた視線を向けたが、課長は気にも留めず、さらに酒をあおった。
「でも、ま、俺はそういうのも嫌いやないで? お前、よく見ると歳の割に美人やしな」
理香子の肩に課長の重い腕が回される。
パシン――!
乾いた音が夜空に響き、周りにいた誰もが息を飲んだ。騒がしかった花見の席は静まり返り、まるで時間が止まったようだった。
目の前にいる課長の顔は横を向いていて、目は見開かれている。理香子は自分の手のひらがじんじんと痛んでいることに気づいて、ようやく課長の頬を思い切り叩いたのだということを理解した。とんでもないことをしたと思いながらも、不思議と心は落ち着いていた。