娘はふさぎがちになり

その日、雅子は仕事を休み、調べて出てくるレンタル業者の上から順に問い合わせていった。

しかしどのレンタル業者のサイトにも「予約受付終了」とあるように、即日で利用することはできなかった。昼過ぎにしびれを切らし、実店舗に直接足を運んでみるなどもしたが、結果は大して変わらなかった。

もちろん着れるならなんだっていいわけでもない。一生に一度きりの晴れ舞台なのだから、納得がいく装いでなければ意味がなかった。

時刻は19時。タイムリミットは迫っていた。いや、もうどうにもならなかった。

「もういいよ、お母さん。卒業証書は郵送で送ってくれるみたいだし」

何時間か前にそう言ったきり、真央は自室に引きこもって出てこない。いつもなら、どんなことがあっても「まあ、何とかなるよ!」と笑う楽観的な娘だが、今回ばかりはふさぎ込んでしまっていた。

もう何度目か分からない溜息をつく。淀んだ空気をかき混ぜるように、インターホンの渇いた音が鳴った。

「……誰?」

こんな時間に来客なんて珍しい。雅子は重い体を引きずるようにして玄関へ向かった。緩慢な動作でドアを開けると、そこに立っていたのは母・弥生だった。

「……お母さん?」

思わず、声が詰まった。

髪には以前より少し白い部分が増えた気がしたが、相変わらず背筋をしゃんと伸ばして堂々とした態度。ロングコートの襟をきゅっと締め、足元には大きな荷物が置かれていた。

「間に合ったかね」

低い声で言った母の瞳に、雅子が真っ直ぐ映っている。

久しぶりに対峙した母の瞳は、あのころと何も変わらない。淡々としていて、どこか達観しているような眼差し。雅子は無意識に拳を握りしめた。

頭の中は疑問で埋め尽くされていたが、気まずさと居心地の悪さが先だって、雅子はなかなか言葉を見つけられずにいた。

●やってきたのは、疎遠になっていた、雅子の母だった。父の死後疎遠だった母がなぜ……。あっけにとられる雅子を尻目に、母は丁寧に畳まれた包みを取り出した。後編:【丁寧に畳まれた包みの中に入っていたのは…卒業袴のレンタル業者の夜逃げで万事休すの母娘を救った「おばあちゃんの助け船」】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。