振袖のレンタル業者が、倒産……
部屋の余白を埋めるように流れているテレビを横目に朝食の準備をしていた雅子は、どん、と床をうがつ鈍い音に振り返る。
リビングの入口にはまだ寝巻きのスウェット姿の真央が立っていて、床には手から滑り落ちたスマホがひっくり返っている。
「おはよう……どうしたの?」
「なにこれ」
ほうけたように呟く真央の視線の先にはテレビがあり、お茶の間お馴染みの司会者がパネルの前に立ち、険しい表情で何かを話している。その内容が耳から入ってきて頭のなかで理解に変わるや、雅子も目を見開いた。
「夜逃げ……?」
テレビ画面には、振袖レンタル業者の倒産を伝えるニュースが映っている。夜逃げ同然に倒産し、すでに会社の電話はつながらず、卒業袴やドレスなどを予約していた卒業生に甚大な被害が出ていることを伝えている。
何を隠そう、雅子たちもまた、このレンタル業者を使っていた被害者の1人だった。
「え、意味分かんないんだけど、なにこれ……どうしよう、袴も、懇親会のドレスも、全部ここで借りてたのに」
真央が寝起きの髪をぐしゃぐしゃとかきむしる。雅子は真央を抱きしめる。急に閉ざされてしまった扉の前で彼女が頽れてしまわないように。あるいは自分自身がのしかかるアクシデントに心を折られてしまわないように。
「大丈夫」
だからそれは何の確証もない無責任な言葉だった。あるいは自分に言い聞かせるまじない以上の意味がない言葉だった。そのことは真央にだってよく分かっている。
「大丈夫なわけないよね? もう明日だよ? 今から業者探して、選んで、そんなの無理だよ」
真央のほうがいくらか冷静だった。
真央の予約は、振袖、袴、履物などフルセットで、10万弱くらい。もちろん急な出費としても痛かったが、それ以上に今日中に代わりの業者を見つけ、卒業袴を用意するのは時間的にも難しい。そもそも時間をかけて選んだお気に入りの柄と色だった。
仮に3倍以上の金額を払うことになっても購入ならばあるいは、と思わなくもないが、そうなると春からの1人暮らしに向けて用意していた引っ越し資金に手を付けることになるだろう。卒業式の負担で新生活に影が差してしまうのは本末転倒だった。
「……ねえ、ママ、どうしたらいいの」
真央がうつむき、肩を震わせた。
「卒業式、もう行けないよ……せっかくみんなと約束してたのに……」
ぽろぽろと、大粒の涙がこぼれ落ちた。
久しく見ることのなかった娘の泣き顔に雅子の心はひどく締めつけられた。
「大丈夫、大丈夫だから」
そっと背中をさすりながら、雅子は言った。
何も大丈夫ではないのに、そうくり返すしかなかった。