冷えたビールを喉に流し込んで、洋祐は大きく息を吐き出した。

仕事から家に帰ってきて1杯目に飲むビールは毎回格別だ。特に今年は猛暑なのでさらに味がうまくなったような気がする。そんな洋祐の様子を見て、世那はあきれたように笑っている。

「毎回毎回、そんなおいしいもんなの?」

「ああ、もう、この1杯のために、仕事をしていると言っても過言じゃないね」

「いや、どう考えても過言でしょ」

世那の突っ込みを無視して、洋祐は一気にコップのビールを飲み干した。

ビールを飲みながら世那と一緒に夕飯を食べる。結婚して10年以上たつが、一緒に夕飯を食べるというルールだけは変わらずに守り続けている。

「ねえ、今度の休みさ、何か予定あるの?」

洋祐がマグロの刺し身を味わっていると、唐突に世那が聞いてきた。

「いや、特にないけど」

「いつもさ、私が一緒に登山をしている曜子がね、妊娠してさ、しばらく登山できないって言われちゃったの」

世那の話を聞き、洋祐は目を見開いた。曜子と世那は大学の登山部で知り合い、卒業してからもちょくちょく登山をする仲だった。

「だからさ、一緒に登山する人がいなくなっちゃってね、洋祐にちょっと付き合ってほしいなって」

「1人ではやりたくないのか?」

「それは寂しいじゃん」

洋祐は目の前に並んだ刺し身を眺めながら少し考える。

「……いいよ、じゃあ俺も登山を始めようかな」

洋祐の言葉を聞き、世那は軽く手をたたいて喜んだ。

「ごめんね、ゴルフの予定があったら、そっちを優先してくれていいからね」

「……ゴルフもな、最近人が集まらなくなってたし」

洋祐は目をそらしてそう答えた。実際は違う。元々ゴルフが趣味だったのだが、最近はスコアが伸びず、熱量がなくなっていたのだ。ただ、勝手にクラブを買い替えて世那ともめたことがあった手前、なかなかやめるとは言い出せず、取りあえずごまかしておいた。

「じゃあ、さっそく今度の休みに道具を買いそろえようよ。私がアドバイスするからさ」

「ああ、そ、そうだな」

得意げに胸を張る世那に、洋祐は柔らかな苦笑を向けた。