今、行動経済学がブームです。

行動経済学は「心理学」と「経済学」が融合した比較的新しい分野の学問です。ビジネスから生活まであらゆる場面で生かせ、行動経済学者のノーベル経済学賞受賞も続いています。最も注目を浴びている学問と言ってもいいでしょう。

長年、ビジネスの最前線で行動経済学を活用してきた橋本之克さんは、「行動経済学を知れば、自分自身の不合理さに気づくことができる」と言います。夫婦喧嘩から保険投資まで、どうして人は合理的な判断ができないのかを橋本さんに解き明かしてもらいます。(全4回の1回目)

※本稿は『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』から一部抜粋・再編集したものです。

コンビニは本当に美容院や歯医者よりも多いのか

2023年1月時点での日本全国のコンビニエンスストア数は5万6759店です。一方、2023年3月時点での歯医者の施設数は6万7431件です。また2022年3月時点での美容院の店舗数は26万422店です。感覚的にはコンビニの店舗数は非常に多く思えるのではないでしょうか。ところが、実際には歯医者の数よりも少なく、さらに美容院の数と比べれば1/4以下です。

このような感覚的な違いは、行動経済学における法則「利用可能性ヒューリスティック」によるものです。ヒューリスティックとは、必ず正しい答えが出せないものの、短時間で簡易的に、ある程度の正しい答えを出せる思考方法です。

ヒューリスティックのパターンはいくつかありますが、その中の一つが「利用可能性ヒューリスティック」です。これは、思い出しやすい記憶を優先して評価してしまう思考プロセスです。印象が強い事柄や記憶に残りやすい事象など、記憶が鮮明であるほど、その対象の頻度や確率を高く考える傾向があります。いわゆる「思い込み」のような状態です。

わかりやすい例で言えば、飛行機事故が起きた後には、飛行機の利用が減って新幹線に乗る人が増えます。飛行機に乗ることを避けるのは、飛行機事故の印象が強いため、その確率を実際よりも高いと感じてしまうためです。また、震災の直後に地震保険の加入が増えるのも、利用可能性ヒューリスティックの影響です。

ただしこの場合、その事故や災害が過去と違う特別なものだった、というように事故や災害の「内容」が判断に影響するわけではありません。最も大きな影響を与えるのは、事故や災害の記憶が鮮烈であり、それらを「すぐに思い出せたこと」です。