乗数効果を押し下げる高齢化の進行

しかも、高齢化の進行が予算の乗数効果を押し下げてしまうので、予算の乗数効果を維持するには、予算規模を年々拡大していかざるを得ない側面もある。

なぜ、高齢化の進行が乗数効果を抑制するのかについては、先ほどの乗数効果の説明で挙げたような政府による総需要の増加が民需を誘発して所得を増加させるという流れが保てないからだ。

高齢化の進行は、景気の良し悪しにかかわらず固定された所得(年金)で生活している者の割合を高めることに他ならず、所得の増加が消費を増やし、さらに別の人の所得を増やしさらに消費を増やすという乗数効果の好循環の勢いを削いでしまうからだ。

例えば、若者の消費は所得に依存し、高齢者の消費は所得ではなく年金に依存するとしよう。そして年金は一定の水準で変化しないものとする。

今、GDPが800で若者と高齢者の消費の総額(マクロの消費額)が500、若者は全人口の80%、高齢者が残りの20%である経済を考える。このとき、若者の消費は400となり、一定の条件の下では若者の所得が1円増えた場合に何円消費に回るかを示す限界消費性向が0.5となる。※1

※1 今、ケインズ型の長期消費関数C=cY(C:マクロの消費水準、c:限界消費性向、Y:GDP)を考えると、限界消費性向c=マクロの消費水準C÷GDP、Y=400÷800=0.5と求められる。

乗数効果は1から限界消費性向を引いた数の逆数で表されるため、経済全体での乗数効果は2[=1/(1-0.5)]と計算される。つまり、政府が1兆円支出を増額すれば、2兆円GDPが増加することになる。

次に、高齢化が進行して若者の人口が総人口の40%、高齢者が60%となったとすると、若者の消費は200、そして経済全体の限界消費性向は0.25に低下するため乗数効果も4/3≒1.3[=1/(1-0.25)]と小さくなってしまう。

つまり、高齢化が進行する前と同様に政府が1兆円支出を増額させたとしても乗数効果は1.3兆円に過ぎず6700億円も効果が減じてしまっている。

実際、宮本弘曉東京都立大学経済経営学部教授・吉野直行慶應義塾大学名誉教授『高齢化が財政政策の効果に与える影響』(財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』第145号、2021年)では、経済協力開発機構(OECD)諸国を、高齢化が進んでいるグループと高齢が進んでいないグループとに分けて乗数効果を推計している。

高齢化が進むと財政拡大に対して個人消費と雇用の反応が低下するため、高齢化は財政政策の景気浮揚効果を弱めることを明らかにしている。

このように、高齢化の進行により乗数効果が落ちてしまうため、景気浮揚もしくは下支え効果を高めるには、予算規模を大きくする以外手がなくなってしまう。こうして予算は、マイナスの乗数効果と高齢化の押し下げ阻止のため、バラマキと揶揄(やゆ)されるレベルにまで肥大化してしまったのだ。