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1903年12月17日、アメリカ・ノースカロライナ州のキティホークでウィルバーとオーヴィルのライト兄弟が動力飛行機で初飛行したことに由来して、12月17日が「飛行機の日」として制定された。

音楽、ワイン… 思い出尽きない飛行機での旅

出張はもとより個人の旅行でも飛行機を利用した回数は、年齢相応に少なくない。しかし、筆者はやや高所恐怖症であり、若い頃は飛行機に乗りたくなかった。とりわけ、1996年11月に起きた「全日空松山沖墜落事故」の記憶も生々しかった。

新婚旅行で搭乗したのが初めてで、窓際には妻に座ってもらう体たらく。その後、出張などで搭乗せざるを得ない機会が増え、飛行機嫌いも遠のいたようだ。

出張時、いつも決まった航空会社を利用していたが、その理由は機上で聴くことのできる、クラッシック・プログラムなどの音楽アワーに惹かれたからだ。仕事の疲れを和らげてくれるひとときだった。

少し前までお酒も楽しんでいたので、個人旅行の際は、よくワインを注文したものだ。妻との旅行では、まず2人で乾杯した。

しかし、ワインには恥ずかしい思い出もある。法人営業に従事していた頃、年間の好業績をねぎらうべく仲間と一緒にグアムでのゴルフ旅行に出かけた。その帰途の機上にてワインで盛り上がったのは良いが、注文し過ぎで在庫がゼロになったと告げられた。ほかの乗客も飲んだには違いないし、不快な気分を周囲に与えなかった自信はあるものの、少し度が過ぎたようだ。これも意気盛んな頃の思い出だ。

1985年8月12日に、日航機が御巣鷹山に激突する事件があった。その翌日に病で倒れた母親を見舞うべく、家族そろって飛行機で松山に帰郷する予定になっていた。さすがに動揺した上、悪いことに搭乗寸前に妻の靴のかかとが折れた。不吉なことが起こるのではと胸騒ぎがした。しかし、松山で待つ親族の事を考えると引き返すわけにもいかない。思い切って搭乗したものの、気が気ではなかった。無事に到着後、世の中には数多くのジンクスがあるが、それらにあまりにもとらわれていると前進はないことを痛感させられた。

長距離の旅行では小用に行くことも考え、できるだけ通路側の座席を指定するようにしている。中でも、驚かされた人がいる。シカゴ・オヘア空港に向かっていた際、3人席の窓際に座る韓国系アメリカ人がしきりにペプシを注文する。たびたび席を譲ることになるだろうと覚悟を決めていたが、12時間弱の飛行時間中に一回きりの離席だった。いまだに思い起こされる人物だ。