2021年はESG投資にまつわる話題が豊富だった。特に気候変動に代表される「環境」や、人材多様化・働き方に象徴される「社会」分野をめぐっては、さまざまな報道を通じて関心を集めた話題が多い。環境・社会テーマのホットトピックスと注目すべき視点について、カタリスト投資顧問の小野塚惠美氏に話を聞いた。
――まず、環境のテーマでは、11月に開催されたCOP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)が大きな話題となりました。今回の会議について、どのように総括されていますか。
CO₂の大排出国である中国とロシアの首脳は欠席したものの、200近い国の首脳が集結し、2015年のパリ協定が掲げた気温上昇1.5度の追求、石炭火力発電の段階的な削減、新興国への資金支援の拡充、などが合意されました。そもそも2020年は開催自体が実現しなかったことも踏まえると、世界的に一歩前進といえるでしょう。
さらに、昨今では各国首脳レベルにとどまらず、学術界や市民活動に至るまで、さまざまな層で議論が行われています。
気候変動を自然科学の見地で論じるのは当然ですが、社会科学での論点も増えています。例えば、地球温暖化対策を進めていく上で、産業構造は大きく変わります。その際、既存の産業に従事している人々は失業するリスクがあります。そのリスクに備えつつ、脱炭素社会への公平な移行を目指すことをジャスト・トランザクションと呼び、社会科学の重要なテーマとなっています。
途上国への資金支援拡充には、この視点が反映されていると見るべきでしょう。そして、従来からの環境問題を最大の政治課題とするグリーンポリティクスや、グレタ・トゥーンベリさんに代表される環境アクティビズムなどが拡大する中、各層の意見を集約した合意形成ができたことの意義は小さくありません。
生物多様性の毀損により巨額の経済的損失も発生
――COP26が成功裏に終わった最大の原動力は何だったと思いますか。
やはり、新型コロナウィルスによるパンデミックの影響でしょう。この2年ほどの間で、既存の常識が根底から覆され、われわれのライフスタイルは激変しました。世界中の人々がそれを個人レベルで体感し、不安を共有したことが、気候変動対策を前進させる原動力になったと思います。
――コロナ禍と環境問題との接点についてはどのように整理したら良いでしょうか。
近年、環境分野ではCO₂排出にともなう気候変動の問題に加え、「生物多様性」というテーマが注目されています。これは地球上の生物が作り出す、複雑で多様な生態系そのものを指します。以前から地球温暖化が生物の減少や絶滅を引き起こす、という懸念はありました。それが改めて注目されているのは、やはり足元のパンデミックの影響です。
まず、一部のウイルスによる感染症は野生動物由来という説もあり、自然環境の変化で未知の生物と接触が増え、新たなパンデミックの発生要因になる可能性が指摘されています。また、生物多様性を損なうこと自体が経済的損失となることがわかっています。国連は、2020年6月の『平常のビジネスを超えて:生物多様性目標と資金』というレポートで、世界各国の国内総生産の半分以上が生態系に依拠したサービスに依存し、進行する生態系の破壊で年間4790億ドル(約51兆円)の経済損失が発生していると報告しています。
――具体的には、どのような経済損失なのでしょうか。
環境省は、2021年10月に『生物多様性に係る企業活動に関する国際動向及び日本企業の位置づけ等について』というレポートを発表し、気候変動と自然の損失がもたらすビジネスリスクを整理しています(図1)。
このレポートでは、自然の損失と気候変動の物理的な影響が組み合わさると、洪水被害の増大や作物生産性の低下などの「複合的ビジネスリスク」が高まり、農業、林業、漁業、建設インフラ、公益事業といった業種に影響が出るとしています。また、生物多様性の劣化が直結するリスクとして、「天然植物種の喪失による、医薬品研究の生産性の低下」を挙げています。天然の動植物が失われると、新薬の開発やバイオテクノロジーに影響を及ぼすことから、生物多様性が注目された側面があります。こうした「追加的ビジネスリスク」は、従来の気候変動では語られていませんでした。