3.今後のDC制度の進むべき方向
(1) T字改革の縦・横への深化・発展
以上見てきたように、DCの制度的な課題に対しては、制度の広がりの面でも内容の深化の面でも、やるべきことはかなりやってきたと言える (早い時期から要望されてきた主要な事項の中で、未達なのは、特別法人税の撤廃と60歳未満の引き出しであろうが、これは税制が関連することや制度の根幹に絡むことである。もちろん、まだまだ、改革すべき点があるという識者のご指摘には首肯するものの、現段階でさらなる制度の発展を図るためには、現実的に現場で、制度を良い方向へ進めていくことが肝心であると思っている)。
数度の改正を経て、海図はできているし、座標も示されている、後はやることだ。具体的には、例えば拡充の面では、DC制度のすそ野を広げて小規模企業や非正規の労働者にも老後所得保障のツールを利用してもらうことである。この点では、iDeCoプラスの創設や対象企業の拡大は非常に意味ある措置であったと評価できる。今後は具体的に制度利用を進める施策(例えば、社会保険労務士会や税理士会との連携など)をどんどん打ち出していくことが必要だろう。
ただ、一方では、度重なる改正で制度が複雑化している傾向はあると思われ、分かりやすさ・取り組みやすさの点では、制度の整理が必要な一面もあると思われる。取り組みやすさは、多忙な経営者に理解を深めていただく上でも必要と思われる。また、制度の分かりやすさはDCのメリットだったはずであり、小規模企業に利用を進めていただくためにも大切なポイントであろう。
他方、制度の深化の面では、例えば、運営管理機関における運用商品の選定や評価における忠実義務や注意義務の適正な履行、事業主による制度運営面…運営管理機関の評価とパートナーシップの構築・深化などを引き続き、進めていただく必要性が指摘できるだろう。
(2) 新しい社会・経済の動きへの対応
年金と雇用(働くこと)は密接に関連している。例えば、今般の企業に対する70歳までの就業確保措置の努力義務と、DCにおける受給開始年齢の選択肢の拡大や加入可能年齢の拡大は、軌を一にしていると考えられる。これは、働き方の多様化に沿って、DCにおいても選択肢が整備されたともいえる。
働くことに関する様々な動きの中で、DCもその性格や制度の趣旨に沿った役割分担が求められる。DC法1条に規定されている通り、DCにも社会保障の一翼を担うことが期待されているが、社会保障の中でのDCの果たす役割…例えば、公的年金の支給までの「つなぎ」と、公的年金の支給の「上乗せ」という2つの役割が指摘できる。この役割を果たしていく前提として、受給の年金選択の比率をどのように上げていくのか、考えていかなくてはならない。また、平均余命の伸びや健康寿命に達した以降の医療費負担なども視野に入れると、DC資産額の増加や「資産寿命」を延ばすこと、終身年金化への対応なども考慮に入れる必要があるだろう。
一方、企業型DCを例にとると、企業の年金としてのDCにおいてやるべきこと…例えば、コーポレートガバナンスへの対応、ESG投資を視野に入れた制度運営や非正規従業員への配慮など、考慮に入れるべき事象があると思われる。
このように、社会・経済の新しい、注目されている動きへの対応も、今後のDCの運営にとって重要なポイントとなるだろう。
(3) 高齢化社会を俯瞰したうえで、DCの位置づけを再確認する
これから高齢化のピークに向かう日本では、個人にとって、老後資産の形成・運用・活用、そして、老後資産の取り崩しが重要な事項となってくる。従来のDCの投資教育・継続教育では、老後資産の形成に力点が置かれていたが、今後は一部の識者が指摘しているように、効率的な資産の取り崩しや、平均余命の伸延に合わせて「資産寿命」も伸ばすような内容も取り上げる必要が出てくるだろう。
そもそも、上記3-(2)で指摘のように働く期間が長くなるとともに平均余命も伸延するのであれば、DC資産を運用する期間がより長くなることが予想され、例えば、リスク資産を低減するスピードを調整する(従来よりもゆっくり減らす)必要が出てくるかもしれない。
ところが、個々人の老後の状況は以下のような点で各人各様である。フローベース(収入面)でみれば公的年金の給付レベルや私的年金の有無、そしていつまで働くのか、そもそも、健康状態はどうなのか(何歳まで働けるのか)。また、ストックベース(資産面)で見ても、資産額やその資産構成、さらに、資産運用・管理のための意思決定能力が保持されているのか、等の点である。
このような状況を踏まえ、個々人宛には、総合的・包括的な、カスタマイズされたプランの提示が必要になると考えられる。さらに資産運用面でいえば、資産全体(金融資産のみならず、不動産やその他資産も含めて)を俯瞰したうえで老後生活設計の中でのDCの位置づけを確認し、この中でのDCの運用、資産構成、管理を再考する必要も出てくると思われる(例えば、DC以外で不動産のような固定資産、預貯金のような安全資産が十分あるのであれば、DCではリスクを取った運用が可能であるはずだ)。ただし、他方では、加齢に伴う投資判断の意思決定能力の問題もあり、金融老年学(ジェロントロジー)との連携も視野に入れるべきと思われる)。